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「まあ、あたしもいまじゃ、何食わぬ顔をしたバアさんだけどさ」
と、女は自嘲気味に言った。「これでも、若いころから、さんざん世間に顔向けできない悪いことをしてきたんだよ。家族のためなら、こんな命のひとつやふたつ、くれてやる。そう思って、今日の昼に、娘夫婦と孫たちを、遠くの町に避難させたんだ。で、あたしひとりで夜の十時を待っているところへ、あんたがのこのことやってきた、っていうわけさ」
女の話が終わった。
男の視線が、自然に壁の時計のほうへ吸い寄せられる。
女もそれに気づいて、首をめぐらせ、時計を見た。
時計は九時五十五分を指していた。
「さて、そろそろ十時になるね。あたしは行くよ。あんたが代わりに死んでくれて、我が家へのたたりはそれでおしまいだよ。死体は丁重に葬ってあげるから、覚悟を決めておくれ」
薄情な言葉を残して、女はさっさと家を出ていった。
男は思った。
(ああ、おれはここで死ぬのか……)
あまりじたばたしようという気にはならなかった。男は死に場所を求めてあちこちをさまよっていたからだ。
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