たたりの町

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 じきに時計の針が十時ちょうどを指した。  それを合図にしたように、天井の明かりがチカチカと点滅を始めた。フーッ、という、なにか巨大な生き物が呼吸するような音が、壁をふるわせた。家のなかを探るように、フーッ、フーッ、と音は続いた。  やがて、黒い霧とも影ともつかないものが、リビングの入り口のドアを通り抜けて、なかに入ってきた。影は、入道雲のようにムクムクとふくらんでいき、部屋の空間の半分くらいを占めるようになった。明確になにかの形をとっているわけではなかった。ただ、ひどくまがまがしい雰囲気があった。たぶん、十人の人がこれを見たら、十人ともが「死」という言葉を連想するのは、間違いなかった。  そして、その「死」が、いまや確実に男にねらいを定めているのが、はっきりと感じられる。 (うわ)  男はおぞ気をふるった。  死に場所を求めていたはずなのに、いざこうして直面してみると、急激に恐怖感がつのってくるのだった。 (た……たすけ……)  死にたくない、とはっきり男は思った。  黒い影の一部が、顔面すれすれにまで迫ってくると、男は身も世もなく叫び声をあげた。 (助けてくれえっ)  しかし、目出し帽子で口を覆っている上に、帽子の上からさるぐつわをかまされているために、その叫び声はくぐもって、「ふがふが」としか聞こえなかった。  いや――「ふがふが」という声を聞く者さえ、ひとりもいなかったのである。
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