夜明けが来る前に

6/8
前へ
/52ページ
次へ
「あるところにひとりの女の子がいました。女の子は見た目が良くて、勉強が出来て、ついでに運動も出来ました」 「それ自分で言う?」 「まあ聞いてよ。けれど人付き合いだけはへたっぴでした。女の子には友達がいませんでした。イジメられているとかではなく、周りが女の子を特別扱いする為にどう付き合っていいのかわからなかったからです」  自販機のジーというモーター音が、舞台装置のブザーのように鳴っていた。前説が終わり、舞台の幕が開くような気がした。その舞台の観客はこの夜に僕ただ一人だけ。 「女の子は友達がほしいと思っていました。けれど周りのひとたちは彼女を特別な存在だと思っているため近づいてきてくれません。女の子はいつもひとりぼっちでした。そんなある時、女の子はある男性と出会いました。女の子より年上のその彼は今まで出会った人と違い、彼女を特別扱いしませんでした。女の子はそのことが嬉しくて、男性とたくさんお話しました。色んなところへ連れて行ってもらいました。いつしか女の子はその男性に恋心を抱くようになり、その想いを伝えると、男性は優しく微笑み女の子を受け入れ、二人は愛を重ねました。女の子は人と触れ合うことの喜びを知りました。それは今まで女の子が経験したことのないこと。ずっと誰かと触れ合いたいと願っていたこと。それがようやく叶いました。けれど、その幸せは長く続きませんでした」  委員長は一つ区切りとばかりに、置いてあったミルクティーを飲んだ。僕はなにか不穏なものを感じた。 「ある日女の子は街中で男性を見かけました。声をかけようかと思いましたが、女の子は男性が普段どのようなことをしているのか気になりました。好奇心です。女の子はそっと男性の後を追いました。男性はある一軒の大きな家に辿りきました。その中から一人の優しそうな女性が腕に産まれたばかりの赤ちゃんを抱いて出てきました。男性を見た女性は笑顔で男性に駆け寄ります。男性は二人を優しく抱きしめていました。それを見た女の子はそれがどういうことか、自分が男性にとってどんな存在なのか、その時になって初めて理解しました。マヌケですね。けれど女の子はそれを見て見ぬフリをしました。自分が黙っていればこの幸せは続くと思い込んでいたんですね。女の子は自分の幸せを守るために必死に男性を自分に繋ぎとめようと頑張りました。男性の望むことはなんでも叶えました。それが苦痛を伴うことであったとしても、女の子は自分の幸せを守るためにと色々しました。次第に女の子は男性にとって特別な存在になりたいと思いました。自分は普通でありたいと願っていたはずなのにね。しかしある日のこと、女の子は体調を崩しました。食べ物を食べると戻してしまうようになったのです。母親に相談すると、母親は急いで病院へと連れて行きました。そこで初めて女の子が新しい生命を宿していることを知りました。母親は女の子に詰め寄りました。女の子は正直に話しました。母親は女の子を連れてその男性の元へ向かいました。その男性は事実を告げられるとたちまち狼狽え、家族には知らせないでほしいと懇願し、幾らかのお金を残すと女の子の前からいなくなってしまいました。女の子はまた一人になってしまいました。女の子は嘆き、悲しみました。自分とはなんなのだろう、なんのためにいるのだろうかと」  委員長が宙を見上げる。安っぽい蛍光灯にまだかろうじて生き残っていた羽虫が数匹群がっていた。
/52ページ

最初のコメントを投稿しよう!

3人が本棚に入れています
本棚に追加