683人が本棚に入れています
本棚に追加
【伸/伸と巧と仁科姉弟】
「遊園地?」
「うん。うちの妹と弟と。顔合わせ的な感じでさ」
という感じで巧に誘われて、やってきました遊園地。到着時間は告げていたけれど、巧はまだのようだ。車で来るらしいから、道の混み具合でも変わるよね。
ということで、遊園地の門の脇に立って待つ。
周囲には同じように人待ち顔のひとが沢山いて、この中から俺を見つけるのは骨だろうなあと思っていたら――それからすぐに巧が、
「伸ー!」
と叫びながらやって来た。一目散に。まったくきょろきょろもせずに。ていうか、むしろなんでそっちが先に見つけるのかすごく不思議なんだけど……? こういうのって普通、群衆に埋没してる方が後から来る方を見つけるんじゃないの?
「おはよう。運転おつかれさま?」
「ううん。全然疲れてないぞ。伸こそ電車で疲れてないか?」
今日も眩しい笑顔の巧は、確かに全く疲れてなさそうだ。ホント、冬のたよんない太陽よりも眩しいねえ。
「平気だよ。乗り換えしてから座れたし、ここも駅降りたらすぐ分かったから迷わなかった」
「観覧車目立つもんな」
「……それより、ひとりなの? 妹さん達は?」
一目散にやってきたから振り切っちゃったのかな、と思っていたら、巧がやってきた方向に男女の二人連れが見える。多分あれが妹さんと弟くんだ。こっち見てるし。ぺこっと会釈すると返してくれたので、やっぱりそうだろう。
「ああ、あそこ」
振り返った巧が示したのは今し方会釈したお二人で……うん、合ってた。
近づいてはっきり見えるようになった妹さんと弟さんは、すごくそっくりな姉弟だった。
「俺のつがいの野上伸です。で、妹の環と弟の晴です」
「野上伸です。お兄さんとつがいになりました。どうぞ宜しくお願いします」
巧が紹介してくれたので、いささか緊張しながらご挨拶する。
「環です。お目にかかれて嬉しいです。よろしくお願いします」
妹さんは、腰まで伸びた黒髪ストレートが特徴の美女だった。背が高いせいなのか、迫力ある雰囲気だ。細身で黒いダウンコートを着ていて、フードのファーがすっごく柔らかそう。
「は、晴……、……です……」
対して晴くんは――……噛んだね~。……かわいいね~!
晴くんは、いかにも高校生男子っぽい紺色のダッフルコート姿だ。コート、少し大きいのかな? 中で身体が泳いでそう。それと裾から覗く足の細さと相まってか、華奢で小さく見える。
そしてやっぱり、とってもかわいい子だった。
実物はとっても表情豊かっぽい。
噛んだ恥ずかしさにぽうっと頬を染めた晴くんは、環さんの手を掴み巧の背を押しやって歩き出す。照れてるんだな、かわいい。
遊園地に入ると、巧はいの一番に観覧車を目指した。
そだね。観覧車だったら個室感覚で四人ゆっくりお喋り出来るもんね。
で、観覧車に乗り込んで――環さんはそつの無い感じでお喋りしてくれるし、打ち解けようと気を遣ってくれているのが分かる。優しいひとだ。……って、実は環さん、俺のいっこ下なんだよね? 全然そんな感じしないんだけど。なんか格好いい系の美女だし、俺より背も高いし。
それに巧にも『お兄ちゃん』ではなく『巧ちゃん』と呼びかけていて、兄と妹にしてはすごく対等っぽい。まあ、この巧――見るからにアルファらしく上背があって身体も鍛えられている精悍な青年――に『ちゃん』付けな時点で驚いたんだけど、兄妹ってそんなものなのかな?
で、晴くんは俺に人見知りしているんだろうか。始終呆気にとられた様子でおずおずと喋ってくる。
観覧車の次はジェットコースターに乗ることにした。
実は絶叫系好きなんだよね。そう言ったら巧は驚いてたけど。
「伸が絶叫系得意とか意外すぎる……」
「あれ? もしかして実は巧の方が苦手なんじゃあ?」
「いやいや、そんなことないし」
そう言いつつも目を泳がせている巧。なんか怪しい~。
「えー、駄目なら乗らないから正直に言ってね? 俺は好きだけど絶対乗りたいとは思ってないからさ」
「乗れます~。伸が好きだって言ってるのを、一緒に体験しないなんて勿体ないでしょ」
「ぅうん? そうかな?」
「そもそもバイク乗りがジェットコースター怖いはずないじゃん」
「あ~、そっかあ」
俺と巧のこんな遣り取りを、環さんはにこにこしながら、晴くんは若干目を逸らし気味に見守っていた。
そして俺と巧の話がまとまった後に、
「俺はジェットコースター大好き」
と、晴くんはにこっと笑う。笑顔かわいい~。ぱあっと笑うとお日様みたいな所がさ、巧と似てるよね。
昼はフードコートで食べた。
俺はいつもどおりうどん。今日は肉たまあんかけにしてみた。あったかくって暖まった。
環さんは野菜いっぱいのベーグルサンドを注文してた。
巧はかた焼きそばと餃子を頼んでいたが、その餃子の量がいつもの倍以上ある。三人前くらい?
なんで? と思っていたら……晴くんですよ。晴くんはビーフカレーだったが、巧の餃子もつまんでいる。特に断りもなく為されているので、それがいつも通りなのだろう。巧ってば箸も二膳持ってきていたし……なんだ、案外お兄ちゃんしてるんじゃん。
ていうか晴くん、ちっこいのに良く食べてすごい。巧もだけどこの兄弟、見てて気持ちのいい健啖ぶりだよね。
昼を食べ終わると、お次はスケートへと向かった。
俺と巧は滑れるし、アルファの環さんも多分問題ないだろう。じゃ、オメガの晴くんは? と思っていたが、全然問題ない滑りっぷりだった。
俺は巧と手を繋いで滑っていたが、晴くんはひとりですーっと滑っている。危なげない、きれいなフォームだ。そしてその後を環さんが追いかけていた。
「慣れてる感じ」
感嘆していたら、巧が笑う。
「でもスケートなんて数えるほどしかしたことないんだぞ。――あいつ、運動神経いいんだよ。アルファの俺らを差し置いて、実はあいつが一番運動神経いいの」
「え、そんなことってあるの?」
「あるんだなあ。そもそもかーちゃんからして、とーちゃんよりも運動神経いいらしいし。それが遺伝したっぽいよ」
「あ、そういえばお母さんは全国三位とか言ってたね。えっと、剣道で」
「うん。晴は中学で全国二連覇してる。インターハイは発情期と重なったからか本領発揮出来なくて四位だったらしいけど、来年は優勝狙うんだってよ」
「へ……、なにそれ。規模が違う」
全国とか。俺の周囲では全然聞かないレベルの話だ。
てか、完璧アスリートじゃん。そりゃあよく食べて当然だよね。
「ま、だから晴はほっといても全然平気。適当に滑らしときゃいいよ。環も見てるし」
巧はそう言って俺の手を引き寄せると、少しスピードを上げた。
――あは、他のことばっか気にしてないで俺も構って、って事かなこれ。
そう感じた俺は、しばし巧に集中したのだった。
そして滑り疲れた俺はもよおした事もあってリンクから出るのだが、その先で環さんと晴くんの姿を見つけて立ち止まった。
「どしたの?」
後から上がって来た巧に、ベンチに座って休憩している二人の姿を示す。
「似過ぎてるのが微笑ましいよね」
男女でアルファとオメガで。真逆な属性を持つ二人がそっくりな容姿を持った姉と弟で、しかも仲が良い、というのがとても微笑ましく思えるのだ。二人並んで座っている姿に調和と安定を感じる。
俺の感心した呟きを聞いた巧は、
「あそこに俺が混ざっても兄弟に見えないだろ?」
と訊いて来た。
「でも晴くんと巧、笑った顔の雰囲気がそっくりだったよ」
「へ。そう?」
「うん――じゃ、トイレ行ってくるからちょっと待っててね」
「うん。じゃあ俺はたまには兄弟っぽいことでもしてみようかな〜」
手を振って分かれて、用事を済ませて帰ってきたら――巧が環さんと晴くんの間に収まっていた。
二人で座ってゆとりある二人掛けベンチだと思うんだけど……巧が真ん中に収まってぎゅうぎゅうだよ?
晴くんなんてはみ出ちゃってじと目で巧を睨んでる。巧はそれに気付いているんだか気にしないんだが、なんだか満足そうな顔をして俺に手を振ってきたのだった。
――兄弟っぽいことって、それか……?
二人にべたべたしたかったのかな? どう見てもそっくりで姉弟な二人に、実は疎外感を感じ続けてて淋しかったとか――……巧に限って、まさかねえ……?
実際は恋人を両脇に侍らせた彼氏にしか見えないんだけど、それはとりあえず飲み込んで。
「仲良し兄弟だね」
と言ってみた。
そしたら晴くん、照れと憤慨が混じったような複雑な顔をして、ぽこっと巧の肩を叩いたんだよ。叩かれた巧は怒るでもなく満足そうにへらっと笑っている。
なんかそれを見て、ピーンときてしまった。
……巧、晴くんに嫌がらせして反撃されるの好きなんだな、きっと……。
――わー、なんてうざぁ……。迷惑な兄貴――!
うちの次兄もそういう所あるから、晴くんの気持ちがちょっと分かってしまう。
その直後、俺に場所を譲るように環さんと晴くんは席を立った。
俺はお茶を、巧はコーラを飲みながらベンチに腰掛ける。目の前のリンクでは、環さんと晴くんが笑顔を浮かべながら一緒に滑っていた。
巧は意外と優しい顔つきでそれを見守っている。
巧って兄弟の話とかあんまりしなかったし唯一貰った晴くんとのツーショットがあれ――ヘッドロックとカウンターみたいな――だったから、仲悪いのかなあって思ってたけど……実際はそんなことなさそうで良かった。
……って思った途端に。
晴くんと目が合ったらしくて、巧が手を振ったんだけど。
そしたら晴くん、巧にド派手なあかんべえ決めて、すーっと滑って行ったんだよね。環さんが笑いながらも叱ってたみたいではあったけど……。ちなみに俺はペットボトルのキャップを閉めるために目を伏せていたんだが、巧の肘が上がったのにつられて目を上げて晴くんの悪い顔を目撃したのである。
「ぶ……ッ」
悪いなかにも愛嬌のあるかわいい顔だ。年齢からするとかなり幼い振る舞いなのだが、きっとそうするほどの鬱憤が溜まっていたんだろう。
思わず俺は吹き出してしまったが、あかんべされた巧はショックだったのか、振っていた手を中途半端に掲げたまま固まっている。
俺はその腕を掴んで引き下げて膝に乗せてやると、大きな手の甲をぺちぺち叩いて笑い続けた。
巧は無言で俺に叩かれながら、うつむきがちにうなだれている。
「そういえばさ~」
何気ない風を装って、あたかも今思い出した風に俺は言葉を継いだ。
「俺、にーにぃに泣き怒りしたことある」
「え……?」
「ほら。覚えてる? キャンプサイトでさあ、うちの兄がやったら俺を子ども扱いしたこと。昔っからあんな感じで俺に過剰に絡むんだよね」
「それはきっとかわいい――……から」
「でもああなったのは、俺が泣き怒って『にーにいなんて大っ嫌い!』って叫んでからなんだよね。それまでは、俺を馬鹿にする感じで揶揄うばっかりだったもん。やだって言っても全然分かってくれなくてさ」
俺の言うことなんかさっぱり取り合わない嫌な兄だったんだよ。ところが俺が泣き怒ってみせると、本気で嫌だっていうのがやっと通じたらしくて、……なんかそれからは過保護になったな。
かわいいからつい意地悪をしてしまうなら、意地悪として発散出来ない愛情が次には過保護として表現されたのかな?
「へ、へえ……そうなんだ」
「そうなんだよねえ」
「普通に仲良く見えてたから意外だったよ」
「まあねえ。あの当時でさえ別に仲が悪かった訳じゃないし」
まあそうは言ってもそれは俺と次兄の話で。その頃小学生だった俺と、今高校二年生の晴くんじゃあ感じ方も環境も全然違うと思われる。
「お、俺だって嫌われてないぞ」
「そっかぁ。仲良しなんだね」
巧の強気な発言に、俺はうんうんと笑って頷いた。
巧が晴くんにどの程度のうざ絡みをしてるのか晴くんがどのくらい嫌がってるのかは、実際の所俺には分からないもんね。それに俺と違って、口だけじゃなくて行動でもやり返せる子っぽいから、案外お互いをやっつけ合うのがストレス発散だったりもするのかも知れないし。
「巧、兄弟の話とかあんまりしないから仲悪いのかなってちょっと思ってたんだけど。でもお昼ご飯の時とか、ちゃんとお兄ちゃんやってて安心した。いいお兄ちゃんって、頼もしくって素敵だよねえ」
と、弟の立場としては思う訳です。
(おわり)
最初のコメントを投稿しよう!