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【伸/母の話】
仁科――もとい、巧と婚約してから二ヶ月ほどが経った。
二人で過ごす初めてのクリスマスを終えて、二十六日に新幹線に乗った俺。都会の喧噪を離れ、草枯れた田畑を抜けて白く雪深く変わって行く景色を車窓から眺めていた。夏もそうだが、緑や雪が深くなっていくのを見るにつけ気が和んでくる――故郷が近いと感じられて安堵するのだろうか。
新幹線から在来線に乗り換えて実家最寄り駅へ。
風と雪の吹きすさぶ駅舎前には長兄の車が横付けされていて、兄本人は改札の真ん前で待っていた。
「ほい、ほい」
挨拶なんかなしで、さっさと荷物を寄越せとジェスチャーしてくる兄。俺は無言でキャリーを引き渡した。
後部座席にキャリーを放り込む兄を横目に、とっとと助手席に乗り込む俺。程なくして運転席に乗り込んできた兄は、そこでやっと普通の言葉を発した。
「おかえり」
「ただいま。お迎えありがとね」
「おう。遠路おつかれさん」
今までと変わりない様子でにやっと笑う長兄。それを見て、俺はほっとしてしまった。……だって、巧とつがいになった事や婚約の事は母を通じて家族に報告したつもりでいるけれど、個々の反応を見てた訳じゃないからさ。実際どう思われてるのかなって、ちょっと不安はあった。
でもこの笑顔なら、悪くは思われてなさそう。
「今年は寒いぞ~。びっくりしただろう?」
「うん。この時期にここまで雪積もってるの、なかったよね」
走り出した車のヘッドライトに照らされる景色は白一色だ。道路脇に垣根のように寄せられた雪の高さは例年以上である。
「だろ? だから母さんが気を揉んでな、だいぶ家を温めてる。俺たちは暑いくらいなんだが」
「うへぇ。ごめんねえ」
俺の身体の弱さをとにかく気にする母だから。まあそんな母に生かされてここまで育ったので、文句なんて言える訳がないのだけど。
そして帰り着いた家は、本当にいつも以上に温められていて。次兄なんて長袖Tシャツ一枚の姿だ。
やりすぎじゃない母さん? と思ったけどまあ母心だし、家族みんなそれに文句も言わないので……ひとまず今は有り難く受け取っておいて、ちょっとずつ室温を下げる作戦に出ようと思う。
夏ぶりの家族はみんな元気そうで、おじいちゃんもおばあちゃんも変わりなかった。次兄は俺の指輪を見てうひひと笑ってきたので背中をぶっておいた。
で、家族みんなそろって炬燵を囲んで。
「伸、おかえり。そして婚約おめでとう――!」
というのがその晩の乾杯の音頭で……俺は照れくさくて仕方がなかった。けどみんな、巧と俺のことを歓迎してくれているみたいで嬉しい。
「――やー……、しかしさあ、みんな抵抗なく受け入れてくれるのはとっても有り難いし嬉しいんだけど……、なんで?」
俺がそんな疑問を母にぶつけたのは、翌日の昼下がりだった。
父は雪下畑を見るかたわら農機械のメンテナンスなどで倉庫に入り浸り、長兄は隣村のスキー場でバイト、次兄は通年役場仕事である。母は炬燵の天板いっぱいに紙類を並べて、ため込んだ事務処理を年末までに片付ける構えだ。
俺は母と同じく炬燵に入りながら、膝にノートパソコンを抱えて色々打ち込んだりネットを見て遊んだりしていた。
そのうち、休憩するわぁと母が言い出して番茶を淹れてきて。……で、巧の様子なんかを訊いてきた母に答えているうちに俺の口からさっきの質問が飛びだした訳である。
「なんで、って?」
母が目を丸くする。
「いやだって、……友達って紹介したじゃんか。なのにその相手と二ヶ月後につがいだよつがい。普通驚かない?」
そうまで言ってやっと、母は得心のいった顔で笑った。
「だってねえ。そりゃあ伸は友達だって思ってるのかもしれないけど……仁科君の方はそうじゃなさそう、っていうのが見て取れてたっていうか」
えー……。
「巧そんなに明け透けだったっけ……?」
普通に晩にバーベキュー食べて俺の部屋で寝て、朝ご飯食べて帰っただけだと思うんだけどなぁ……?
「バーベキューの時お世話されてたじゃないの。あんたお兄ちゃん達にお世話され慣れてるから意識できないのかしらね」
「えー……?」
「それにそもそも、なんの気持ちもない相手に会いにわざわざ来る? 約束もしてないのに。しかも、アルファがオメガに、よ?」
母はそこで一旦言葉を切ってふうっと溜め息を付くと、肩をすくめた。
「――まあ本当はね、そうだといいなって祈ってたの。こう……言ってはなんだけど、伸は普通の子じゃない? だから、他のオメガ達を差し置いてアルファに選ばれるのは難しいんじゃないかな、って。だけどわざわざここまで遊びに来てくれるような子がお友達にいるのなら、どうかそのまま恋人になってくれないかなって、願っちゃってたのね」
言葉を選ぶように訥々と語る母の様子に、実は俺が思っていた以上に心配を掛けていたんだなあと悟る。
「……ねえ、ちょっと不思議なんだけどさあ……俺がベータの時でも俺の先行きとか、そういうの心配してた……?」
「やだ、なにそれ」
「だってベータの頃は恋人作れとかそういうのは一切言わなかったじゃん?」
「言ったからって出来るもんじゃないでしょ。心配はしてましたよ。この子このままひとりだったらどうしようって、ちゃんと心配してました」
「あ、そうなんだ」
「でもね、ベータなら最悪ひとりでも生きて行けそうでしょ。あんたの目指してる仕事ならこっちに帰ってきて一緒に住めば良いし。でもオメガとなるとね……わからなくて。発情期、とかいうのに苦しむのはかわいそうだし、良い薬があるらしいとはいえ、身体の弱いあんたがそんなもの常用したらどうなるのかわからないし……長年服用しつづけたら寿命が縮むともいうじゃない……」
確かにそういう懸念は巧からも聞かされていたな。俺はあの時まで知らなかったけど、……オメガへの縁遠さは母も同じだろうに知っていたんだろうか。それとも、俺心配さに調べたんだろうか。
なんにしても、……本当に心配をお掛け致しました。俺がオメガになってから、ずっとやきもきしていたんだろうな……。
「じゃあ、良かったんだ」
母にとって、俺と巧のつがい契約は母の心配のすべてを解決する魔法だったんだな。
「そうよ。とっても良かったわよ」
話が長引いたせいですっかり冷めてしまった番茶を啜りながら、母はにこにこしている。
「婚約もしたっていうし。あんたが結婚して幸せに生きててくれるならそれでいーの。もう、あとはなーんにも要らない」
「えー? あんだけ孫、孫言ってたじゃんか?」
俺がオメガだってばらした時の母の喜びっぷりを混ぜっ返してやる俺。
だが母はそれにもにこにこと笑って。
「孫よりあんた」
ときっぱりと言い切ったのだった。
(おわり)
マシュマロ的なのから頂戴した感想に「伸の母親は突然のつがい契約に驚いていなかったが、そこらへんを知りたい」みたいなのがあったので書いたものになります。ちなみにこれを大三の夏休みの帰省で書こうと思っていたんですが、良く考えたら年末年始に帰省するじゃん……ということで、夏休み編は没になりました。
考えていたネタはこれでほぼ書き終えたので、当分更新しないと思われます。
ここまでお付き合い下さった皆様、誠にありがとうございました!
年末頃、「スマホデビューした照と平」という中学生ふたりを書けたらひょっこっと現れる予定です(゚゚)(。。)ペコッ
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