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【猛/遊園地】
※照と平が結婚してから初めての夏辺り
青い空に白い水しぶきが跳ねる。それと同時に上がる歓声は、娘の甲高いものだけだ。付き添いで共に座っている俺の弟も笑っているのだが、そこは流石に成人男性。辺りに響くほどの歓声はあげずにいるらしい。
「二人ともかーわいい~」
それと対照的に弾んだ声をあげながら、盛んに携帯のシャッターを切っているのは、俺の隣に立っている奴だ。子ども向けの小さな急流滑りを囲う柵にのしかかるようにして身を乗り出し、携帯を掲げている。
たった今急流――というには小さな落差なのだが――を下ったイルカ型カヌーが、乱れ揺らぐ流水に押されながら流れてくる。カヌーがひどく揺れているのは傍目にも分かるが、娘の巴はその揺れが好きらしく、弟の照の隣で満面の笑みを浮かべていた。
「ともちゃんてるちゃーん!」
そして、三歳の幼児と遜色のない満面の笑みで手を振りたてる隣の男――仁科平は、俺の弟のつがいだ。
「あはっ、平~」
「てゃーらー! ぱぱぁー!」
平に答えて手を振る二人に平はずっとシャッターを切りっぱなし。俺も一応一番近づいた時に巴の写真を撮っといたけど――正直同じような写真はすでに何枚目だって話。俺のつがい・湊さんに見せるにしても、似たものばかりじゃ向こうも飽きるだろう。
湊さんは今日、仕事の関係で留守にしている。本来なら俺ひとりで巴を見なけりゃいけなかったのだが、話を聞きつけた照が平と共に弁当持参で応援に来てくれたのだ。
「平お前さあ、良く飽きないな?」
「何が?」
「だってもう三週目だぞ。よくもそんなに熱烈歓迎出来るもんだ」
「え? だっててるちゃんの笑顔かわいいし」
見飽きるはずないじゃん、とでも言いたげな口ぶりの平は、俺には目線ひとつ寄越すでもなく、撮った写真を眺めている。
「そらまあ、照はかわいい」
今でこそ照以上に可愛いと思えるつがいと娘を得たものの、照に対する愛情が薄らいだ訳じゃない。
「でしょでしょ~? ほらこれ最高じゃん」
平が向けてくる携帯画面には、あけっぴろげな笑顔の照と巴が並んでいる。照のその笑顔は平に向けているのは良く目にするものの、俺自身には向けられない表情だ。
「おお、可愛いな」
昔ならすぐに『くれ』と言っていたが、最近は自重している。しかも一緒に映っている巴の笑顔は、俺が自分で撮った奴のほうが可愛いしな。
「兄貴。ともちんトイレだって」
そこへカヌー乗り場から照が戻ってきて、抱き上げた巴を俺に託してきた。
「おー! トイレ行くか! ともちんちゃんと言えてえらいぞ~!」
「ぱぱ! はやくはやく!」
腕を伸ばしてしがみついてくる巴を照から受け取り、俺は照と平に手を挙げた。
「じゃ、行ってくる」
「その間俺たちあれ乗っとくから」
照がそう言って指さしたのはスカイサイクルだった。
「おうごめんな。ありがとよ!」
なんせ遊園地に着いてからは巴の相手にご指名されっぱなしだったからな。平と二人で楽しんで来てくれ。
○ ○ ○
「遊園地来るの、久しぶりだね」
スカイサイクル乗り場に並ぶと、平がそう言い出した。
「ん。そうだな。お前が中三の時以来かな?」
多分、俺が高一で平が中三の秋が最後だ。平が中学の剣道を引退し、俺が本格的にオメガとして熟成する前。絶叫系大好きな俺だから、誘引フェロモンをまき散らす可能性が高くなるからって、あれが行き納めだったんだよなあ。
「それこそ巴ちゃんくらいの歳から、ずっと来てたのにねえ」
ここは家から一番近いってのもあるけど、子ども向けの遊具も充実してるんだ。巴が乗っていたカヌーもそうだし、ゴーカートや子ども用コースターなんかもある。
その子ども用コースターの乗り場が近くにあって、券売機の隣には身長測定板が立っていたりする。昔とはデザインが違うんだろうけど、それでも思い出深い代物だ。
「お前あれ、俺だけがクリアして大泣きしてたよな」
測定板を指さすと、平があー……と沈んだ声を出した。
「だって一緒に乗りたいじゃん……」
その時の事を思い出したのか、平はしょんぼりとうつむいて顔を曇らせている。それをうかがい見ながら、俺は首を傾げた。
「んでその後どうしたんだっけ? 乗らなかったんだっけ?」
「まっさかぁ。てるちゃんはね、泣いてる俺にダブルピースして『たいらぁ~! おっさきぃ!』って笑って、あの階段駆け上がってったよ」
「お、おう……」
なんと非道な振る舞いだ過去の俺。気遣いはないのか?
「大人用のジェットコースターでも、同じような事あったよ。その時は流石に俺も泣かなかったけどさ」
「ダブルピースでお前置き去り?」
「そ」
「……ま、まあ、どうせその次来た時にはお前も一緒に乗れてたんだろ?」
「まあねえ。でも――てるちゃんのはじめて、一緒に体験したかったじゃん」
「ちょ、誤解を招くような言い方すんなよ」
普通の声量で、聞き方によってはきわどくも感じられる事を言う平をいさめてから、ふと俺は気付いた。
「……なあそれって、お前自身はコースターに乗りたいのに乗れなくて口惜しいとか、そういうのじゃなかった、って事なのか?」
「ん? いや、乗りたかったけど? てるちゃんと一緒に」
あ、うん。俺の質問、あんまりよく分かってないみたいだけど、俺は分かったからもういいや。あくまでも〝てるちゃんと〟が付くのなこいつ。
――なんだかなあ……。『コースターに初めて乗る俺の隣に居たくて』泣いてたんならさあ……俺ももうちょっと優しくしてやれてれば良かったよな。
などと思ってみるものの、当然後の祭りである。
「なんか俺さあ」
「ん?」
「こういう昔話とかすると、自分の酷さを後から分かるっての? だからなんか、……お前良く俺の事好きで居続けたよな、って不思議でさ」
今の俺は平のつがいだし結婚もして幸せなんだから、俺の事を好きで居続けてくれた平に感謝しなきゃなんだけど。それにしても不思議なんだよ。子どもの頃の俺って結構平を泣かせもしたし、無謀な行動に巻き込んで困らせたり、俺を庇って怪我をさせちゃった事もあったしさ。ホント一体、幼い頃の粗暴な俺の何処をそんなに好いてくれたのやら。
「んー」
俺の言葉に耳を傾けながら、平は曖昧に首を傾げた。
「酷い――いや、眩しかったよ?」
「へ」
「てるちゃんって俺を置き去りにする時、いつも颯爽として格好いいんだよねえ。それがなんか、眩しくってさあ、ずっと追いかけて行きたくなっちゃうんだよ。――だから『俺を置いていってひどい』って、てるちゃんを恨んだこと、ないなあ」
平は眉根を寄せて訥々と説明してくるんだが、……俺はそれを聞きながらじわじわと頬を染めてしまった。
普通はそこで、恨みまではいかなくても悪印象とか持つんじゃないの?
「あのさあ……お前ってホント、筋金入りの〝俺好き〟だよな」
「そりゃあ、勿論」
何を今更、と言わんばかりの笑みを平は浮かべた。
○ ○ ○
無事にトイレを終えた巴を肩車して戻ってみると、照と平はスカイサイクルの列の中盤あたりにいた。
手を振って戻った事を教え、巴にせがまれてスタンドでソフトクリームを買う。それをベンチで食べさせてやっていると、そのうちに聞き慣れた笑い声が響いた。
見れば、照と平の乗った車が頭上のレールを走っている。
「……あいつら騒がしいなあ」
もっと漕げとはやし立てる照に、のんびり海でも見ようよと逆にブレーキを掛ける平。照はそれに構わずに漕いでいるのに、相方の平がちっとも漕がないしレールは登りにさしかかったしで悪戦苦闘しているようだ。
「平、お前重い!」
「えー? 車だって重いじゃん」
「いやお前だ。お前が重い。だから漕げってば!」
どこまでも偉そうな照に苦笑した平は、しょうがないなあと言いたげな表情でペダルを踏み込んだ。
途端に速度を上げたスカイサイクルに、照は歓声を上げて笑い出す。
「んー、てるちんいい笑顔……」
「てぇちん、笑ってるねぇ」
「だなあ。ともちん、これ自分で持てるか~?」
「もてる~」
巴にソフトクリームとスプーンを渡し、俺は携帯を取り出して構える。
「撮るの~?」
「あいついっつも撮ってばっかだからなあ。照と一緒のとこ撮ってやると喜ぶだろ」
照にばれると煩いかもしれんので、こそっと送ってやろう。と俺は、照と平、笑顔の二人を写真に収めた。
(おわり/姉の誕生プレゼント用にリクエストに沿って書いたSS。
お題/照と平。第三者視点で二人のラブラブっぷり。小さい平がカッコつけて頑張ってるところ――カッコつけて頑張らせるのは無理でした。
姉から公開許可があったので公開します)
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