【晴/ご挨拶】

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【晴/ご挨拶】

 ――リクエスト品;景久くんは晴ちゃんをちゃんと親に紹介したのか気になっております――  高校二年生も三学期となると、本格的に受験シーズンに突入って雰囲気になってくる。二学期には個人面談があって学期末のテストがあって、それらを踏まえて二月の三者面談……って続くんですよ。  で、時折雪もちらつく真冬の今はまさに面談期間。  面談の為に学校が早く終わるのはいいんだけど、部活までカットされてさー……まあその分勉強しろってことなんだけど、ついつい舟木道場に行ってしまうよね。  景久君は今日が面談なので、俺はひとりである。面談期間中、防具は道場に置きっぱなしにしているから、学校からそのまま道場へ向かった。  景久君も時間があれば来るって言ってたけど。期待しすぎたら会えなかった時の淋しさ倍増なので、会えたら嬉しいなあくらいの気持ちに留めて。  真面目に稽古に出たものの――だけど悲しいかな、ひとが居なくてね。社会人は全滅で、暇なおじいちゃん達がいるだけだ。  おじいちゃん達は強いんだけど、人数が集まって本格的な稽古が始まるまでは碁だの将棋だので遊んでるんだよね。もちろん今日もそんな感じ。 「晴ひとりか~」 「景久くんおらんのか~さみしいのぉ」 「晴は将棋よ~打てんからなあ」 「そ~だねぇ。俺は将棋も碁もわかんないんだよ~」  ひとりの俺を見て早速揶揄ってくるおじいちゃん達。景久君は将棋打てるからね、ある意味おじいちゃん達のアイドルなのだ。『晴はちょい待っとれ』なんて言われて景久君を攫われることもしばしば。  稽古相手がいなくて暇な俺は、ぶらぶらと一階に降りて小道場を覗いてみた。 「あ、晴ちゃん!」  わは~、いるいる。夕方の教室に集まった小学生たちが、俺を笑顔で迎えてくれる。 「晴ちゃんが今日先生? 照先生は?」 「照先生はお休みだよ~。晴ちゃんは先生じゃないからさあ、一緒に稽古させてよ~」  かーちゃんは基本的に土曜日担当なんだけど、都合によっては平日も出てる。だからこの子たちとも顔見知りだし、俺はこの子らにとっては兄弟子……とかちょっと時代錯誤か? まあそんな縁で、小学生に交じる俺。俺を見て師範はすっかりやる気をなくしたのか、どっかりと床に腰を落ち着けてしまった。もー、そういうとこあるよね。  しゃーないので小学生たち相手に師範代をやっていると、道着姿の男性がいつしか師範の隣にいるのに気付いた。え、いつ来たんだろ……貫禄のある感じの渋いおじさんだ。歳は多分うちのとーちゃんと同年代くらい、かな?  なんか見覚えがある気がするけど、思い出せない。  でも目が合ったら、にっこりと会釈してくれたんだよ……一応会釈しかえしたけど。え、知り合いだっけ? 覚えてないんだけど……?  悩みつつ稽古を進める間も、その男性は師範とずっと喋っている。かなり親しい間柄なのか、話題は尽きないようだ。そんな二人の邪魔をするのも憚られ、休憩時間にも小学生と遊んでいた俺。  ――で、そろそろ子ども教室が終わろうかという頃に景久君がやって来た。  わ、来た。会えた。嬉しい!  とはいえ小学生たちを放り出す訳にもいかないので、俺はそのまま指導続行。景久君は俺に笑いかけた後、道場の奥へと進んだ。  思わずその姿を目で追っていると、 「こんな所にいたのか」  と例の男性に声を掛けるじゃん? え、知り合い……って、あー、あ――!  もしかしなくても、景久君のお父さんじゃん⁉  瞬時に悟って、俺は真っ青になった。だ、だって、会釈しかしなかったよ俺! ちゃんと正座して折り目正しくご挨拶すべきだったんじゃないの⁉ 「挨拶だけのつもりがつい話し込んでしまった」  とお父さんは答えている。  景久君の榊家と道場主の舟木家は親戚に当たるんだよね。榊家が主筋にあたるらしいけど、俺は詳しいことは分かんない。  稽古が終わるまで三人はそこにいて。で、稽古が終わるとやっと師範が来てくれて挨拶して終了!  俺は慌てて景久君とお父さんに駆け寄った。 「ご挨拶が遅れてすみません! 仁科晴ですッ」  ぱしっと袴をさばいて正座をし、頭を下げる。  俺の動きが予想外だったのかお父さんが驚いた様子を見せたので、俺はにわかに不安になった。  まさかもしかして、……景久君俺と付き合ってるのご両親に伝えてなかった、のかな……?  や、でも今更もう止まれないし。 「……――あの、景久君とお付き合いさせて頂いてますッ!」  ぅひい、言い切っちゃったぞ……。顔を上げてお父さんににこっと微笑み、それから傍らの景久君にさっと視線を走らせる。怒っていたらどうしようとものすごく緊張したのだが、景久君は笑って頷いてくれた。  ほ。良かったぁ。  笑ってくれているのが嬉しくて俺も笑いかえしてみる。  そしたら前から咳払いが飛んで来たので、俺はビシッと背筋を伸ばし、慌てて前を向いた。 「相変わらず元気だね」  お父さんは穏やかにそう言って下さったが、俺はかなり恥ずかしかった。だってその『相変わらず』は前回会った時――つまり小学五・六年生の俺に掛かる訳で……、落ち着きがなくて済みません。 「晴君と付き合いはじめたのは景久からも佐那からも聞いているよ。景久などは『付き合っているから』とぶっきらぼうなものだが、佐那が『お兄ちゃん本当に嬉しそう。晴君の事大好きで毎日楽しいみたいよ』と言っていてね――うちの息子と付き合ってくれてありがとう」 「ちょ、父さん……!」  景久君ちゃんと俺の事伝えてくれてた……!  それに佐那ちゃん! 佐那ちゃんてばそんな嬉しい報告をしてくれてるのか。ありがたいなあ。  じーんと感動する俺の隣で、景久君は頬を染めてお父さんに食ってかかった。お父さんはそれを笑っていなしつつ、立ち上がった。 「じゃあ、また後で」  それは師範への言葉で。  俺には「これからも景久をよろしくね」と言ってくださり、景久君は「先に母屋に行っているな」と言い置いて、お父さんは小道場を後にした。  俺と景久君は師範に挨拶すると、休憩室に向かった。のだが、帰り仕度の小学生が騒がしくて――みんな晴ちゃん晴ちゃんって歓迎してくれて遊びに巻き込もうとするんだもん――、三階の休憩所に避難した。  ここはオメガ更衣室の前なので誰も居ない。  二人きりの静けさのなか、ペットボトルのキャップを開ける音が響く。 「良く喋ったからノドからからだった~」 「師範代お疲れ様。晴先生は大人気だな」 「お陰様で楽しかったです!」  おどけて敬礼してみせる俺は道着姿だが、景久君は制服のままだ。今日はもう稽古に出る予定はないのだろうか。 「今日の面談、お父さんだったの?」 「いや。車で母を学校に送って、自分だけ先に帰って道場にいたらしいな」  景久君の口調は少し呆れ気味だ。三者面談が四者面談になっても良かったって思ってるのかな? だとしたら結構お父さんの事好きなんだね? 「ずっと師範とお喋りしてたよ」 「仲良いんだよあの二人。年始の挨拶でも一緒に酒飲んだろうに」  へー。 「それで、今日はもう帰っちゃうの?」  景久君の制服の袖をつんとつつく。 「ああ。家族四人揃ったからな、夜は食べに行くらしい。だから今日は稽古はナシ」 「そっかあぁぁ」 「晴はどうするんだ?」 「んー……」  壁の時計を見れば結構中途半端な時間である。 「帰ろっかなー……」  基礎的なことは小学生たちとやったし、子どもと喋るのは普段使わない部分の脳みそを使う気がする。要するに疲れた。景久君と稽古出来ないなら、無理する必要もないかなぁ。 「じゃあ着替えておいで。駅まで送る」 「え。そんな時間あんの?」 「ある」 「やたっ。じゃあ待ってて!」  まだ二人でいられるんだ。嬉しい。  俺は目の前のドアに飛び込んで、ぱぱっと着替えて戻ってきた。 「お待たせ!」  道場を出て、駅までの道のりを並んで歩く。  うお、結構冷えてきたなぁ。雪がちらついてもおかしくないような気温だ。時間帯的には夕方だが二月の空はもう真っ暗で、街明かりがしらじらと硬質な光を発している。 「晴は明後日が面談か?」 「うん」 「進路はもう決めてるのか?」 「んー。工学部に行くのは決めてるけど、具体的な大学まではまだだよ」 「工学部? お兄さんと一緒か?」 「そだね。あ、でも同じ大学は無理無理。何気にいいとこ行ってんだもん兄貴」  ちゃらちゃら遊び歩いてるくせに腐ってもアルファなんだよなー。 「景久君はどうするの?」 「無難に経済かなと思ってる」 「そっかあ」  高校生活はまだ一年あるはずなのに、もうお別れの話をしている。アルファの景久君とオメガの俺じゃあ、大学は別々だよね。そもそも来年度だって高三になったらクラス別れるだろうし――ああ、実は今が一番幸せなのかも。  寒い振りをして、俺は景久君に身をすり寄せた。  そしたら景久君はすぐに俺の手を握ってくれる。ふふ、あったかい手だ。 「晴」 「ん?」 「父に挨拶してくれて、ありがとうな」  わ。褒められた……! 「うん……! 緊張したけど、お父さんが『よろしく』って言ってくれたから良かった」  なんてったって景久君自身は俺の親には、付き合ってすぐくらいに挨拶しちゃってる訳だし。景久君のご実家は遠いから俺はご挨拶の機会がなかったんだけど、今日出来て良かったな。  だってこれで、親公認だよ? 景久君は俺のもの感がますます高まっちゃったね? ――なんてのは冗談で、今後も責任と節度のあるお付き合いを心がける所存であります。  と言っても具体的になにをすればいいのかはいまいちわからないんだけど……とりあえず『ありがとう。よろしく』と言って下さったお父さんを悲しませたくない。 「うん。緊張するな。俺も晴のご両親にご挨拶した時、緊張した」  その時の事を思い出したのか、景久君の指先に力がこもる。 「え、そうなの?」  でも父と景久君は稽古で交流あったし、母ともそれなりに会っていたはず。なによりうちの親自体が緊張感のない親なので、あの親相手に緊張するっていうのがちょっと意外だ。 「――お父さん、無茶苦茶怖かったし」 「え。あのとーちゃんが?」  想像つかないよ?  首を傾げると、俺に分からせるのを諦めたのか景久君も首を傾げた。 「晴」 「はぁい?」 「同じ大学行こうな?」  え。 「経済と工学部のある大学を探そう。偏差値はなるべく高めで頑張ろう」  え。なんでそういう話になるの? 「お互い親に挨拶も済ませた訳だし。まだ二人だけの約束とはいえ、つがい契約前提の付き合いもしている。離れたくないだろう?」  うん。ない。ないよ。  ないけど――偏差値高め、ですか……?  頬を引きつらせている俺に、景久君は駄目押しのように再び声を掛けた。 「勉強見るから」  う……。 「で、でも、俺に合わせて景久君が偏差値下げるのは勿体ない……!」 「だから、勉強を見ると言ってる」 「み、見てもらったって限度が……っ。俺勉強苦手だし、頑張ったって景久君ほどの成績には絶対ならない……!」  だってアルファだよ! 全教科じゃないけどいくつかで一位とってるの知ってるし、一位争いしてんのだって松山とか式部さんじゃん⁉ こういうの言いたくないけど、やっぱアルファとは頭の出来がぁあ! 「とりあえずやれるところまで頑張ろう――晴の成績が上がればお父さんやお母さんもお喜びになるだろうな?」 「そ、そこで親を出すとか卑怯……ッ」  だって、そう言われたら、さっき景久君のお父さんとご挨拶したばっかりの俺は頷かざるを得ないじゃんかぁ。俺だって景久君の志望校を下げさせて、景久君のご両親を悲しませる訳にはいかないじゃん……。 「……景久君が思ってる以上に俺ばかなんだけど……?」 「勉強はコツと効率だ。一緒にやろう」 「うぅ……」  唸りつつも、景久君の手をぎゅっと握って深く頷いた。  翔也もまっつんと同じ大学目指して勉強中って言ってたけど――あれも一悶着あったのかもなぁ……明日訊いてみよ……そんでお互いがんばろーぜ会しよ……? 「景久君と一緒にいたいから、頑張る」  そうだ、楽しいこと考えよう。大学が一緒なら、通学だって一緒に出来るんじゃあ? 景久君が勉強を見てくれるなら今よりもっと一緒に居る時間が増やせる訳だし。  ――うん。前向きに頑張ろう……! (晴/ご挨拶/おわり) 景久君は、というか自発的に晴が挨拶をする感じでした。景久の実家が遠いので会わせに行く事が難しく、「じゃあ来させればいーじゃん!」って気付いたら、リアル真夏なのに真冬の話になっていた……だって調べたら三者面談二月って。 お求めの形とは主語が入れ替わっているので違うような気がしますが「相手が大切だから相手の親に挨拶はするが、自分の親にまでは気が回らない子ども」という解釈を、この二人に対して私はしているのかもしれません。景久は帰ってから母親に「どうして晴君を連れて来てくれなかったの」となじられます。 なにはともあれ、リクエスト有り難うございました。楽しんでいただければ嬉しいです。
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