【平/怒った話】

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【平/怒った話】

――リクエスト品;本編30話。平が怒鳴るなんて珍しいので、巧が「つがいがいる」と報告するシーンを平・照視点で――  そもそもてるちゃんと俺の家族計画的には、子どもは二人だったのだ。  だから俺たちが仁科の実家に戻るにあたり行ったリフォームでも、子ども部屋は二つしか作らなかった。  ところが実際に授かった子どもは三人で――しかも性別が男女男、アルファアルファオメガというばらばらさで……環を一人部屋にするのは当然のことながら、男同士だがアルファの巧とオメガの晴を同室にしておくのも限界だろうと、晴の高校進学を機に二人の部屋を分けることになった。  ではどこに分けるのか。  答えは、てるちゃんの実家である隣家、鯨井家である。二階にある元々は猛兄が使っていた部屋を借りることになった。  ではどちらを出すのか――それは年上の巧である。  高校生の晴はまだ学校や部活動で親の手の掛かることが多いし、親としても落ち着きのない晴はまだ手元に置いておきたい。  だが巧ならばすでに大学生だし、俺の親父が昔から趣味の集まりに連れ回していたせいでそれなりに世慣れてしっかりしている。鯨井の祖父母との仲も良好なので迷惑を掛けるような振る舞いはすまい――と思っていたのだが。  実際に鯨井家に転居し大学生活を始めてからの巧は、外泊が目立つようになった。  目立つといっても一年の頃は一ヶ月か二ヶ月に一度くらいで、遅すぎるものの連絡もあった。それが二年になった途端に無断外泊が起こり、外泊そのものも増えていったのである。同時に、晩はほぼ家では食べなくなったとか。  そうした現状に怒り心頭なのは、てるちゃんだ。 「キャンプを延泊したかと思えば、また場所を変えて一泊するって――⁉」  さっき入ったばかりのメッセを読み上げたてるちゃんは、携帯を握りしめたままの拳をぶるぶるふるわせている。こわい。 「あいつ最近どーなってんだよホントに! なんで予定をころっころ変える⁉ 帰ってきて飯も家で食うっていうから、そのつもりで待ってんのに!」  そう。キャンプの延泊がなければ本当は今夜帰ってきていたはずなのだ。夏休みを満喫するのは自由だが、約束は守るべきだろう。  ――恋人でも出来たかな……。  という予想は、てるちゃんだってしていると思うんだよ。でもてるちゃんは、それを口に出さないでいる。  それは多分、高校の頃の巧とは様子が違うせいだ。  巧はそもそも秘密主義じゃなかったから、中学生で初めて彼女が出来た時も別れた時も、高校で何人かと付き合った時もあっけらかんとして話題にしていた。  そういう子が突然、今までとは様子の違う付き合いをはじめたというのは――……あまり良いお付き合いをしていないのじゃないかという危惧が湧く。  親に言えないこみいった事情の相手なのか。  それともその相手を今までの恋人ほど尊重していないから、親に言わないのか。  もちろん、何らかの事情で相手に脅されて付き合わされている――という可能性もあるだろうが、これに関してはほぼないと俺自身は思っている。なにせアルファだ。親の欲目が絡んでいるとしても、巧が心身共に頑強なアルファなのは間違いない。そんなあいつを従わせるのはなまなかな事では済まないだろう。 「あーもう……」  怒り疲れたのか、てるちゃんはローテーブルに携帯を放り出すとソファにもたれかかった。そして斜めに滑ってきて、俺の膝にころりと頭を乗せる。  現在7月末の土曜日の夕方。夏休みが始まった週だ。環は総君と出掛け、晴は道場からまだ帰っていない。おそらく学校での部活からそのまま舟木道場へと向かい、全国大会に向けての追い込みをしているのだろう――そうした二人きりの気安さから、てるちゃんは俺に甘えてきてくれたようだ。 「まあまあ。そう怒らないで」  頭を撫でると、てるちゃんはうなり声を発する。 「そうは言うけど、どんどんひどくなってないか? 四月も五月の連休中にも無断外泊。今回もそんな予定じゃなかったのに突然『キャンプに行ってくる』ってふらっと飛び出して、行き先もなんか誤魔化すし……帰宅日は破るし……そりゃ、俺が無理矢理に『帰ってくる日教えろ』って決めさせたようなもんだけどさ――……元から破る気で適当なこと言って出て行ったのかなーとか思っちまう……」  初めは怒り口調だったものが、どんどんと自信なさげにしょぼくれた物言いになってしまうてるちゃん。 「それはいけないね」  うん……てるちゃんをこんな風に悲しませるのは駄目だな。  その後の夏休みは巧の素行は元に戻り、バイトに精を出したり俺の親父と出かけたり晴をからかって環に怒られたりとまあ、普通に過ごしていた。  変わった事といえば、夏休み冒頭の巧の外泊地が知れた。  俺の親父の付き合いで野菜を買っている『沢さん』という農家さんがあるのだが、どうやらそこに行っていたようだ。大きくて立派なスイカが届いて、同封されていた手紙に『息子と仲良くして下さってありがとうございます。また遊びに来て下さいね』と書かれていたのだ。巧自身は『大学の友達。良い感じのキャンプ場があるっていうからさ~』とあっさりしたものだが――俺はその息子さんがオメガで、巧の恋人なのかと思った。しかしてるちゃんは、『沢さんのお宅はベータの息子さん三人のはずだよ』と言うのである。 「――じゃあ、ベータの息子さんと付き合ってるのかな?」  俺がそう言うと、てるちゃんは首を傾げた。 「今までオメガの彼女ばっかり作ってたのに? オメガの男の子ならまだしも、ベータの男の子に行くかぁ?」 「んー……。じゃあ沢さん家以外にもどこかに行って、そっちが本命?」  巧本人の言い分を信じるなら、あの時二カ所に宿泊しているのだ。  てるちゃんはげんなりした様子で、ふるふると首を振る。 「わからん。さっぱりわからんし、詮索したくない」 「そうだね。自分から話して欲しいもんね」 「だよな。親として信頼されてないのかなー……」  はー……と力のない溜め息をつくてるちゃん。巧の素行に関して、最近ネガティブになりがちなてるちゃんだ。元々巧は傍若無人なところがあってそれを叱りつける事が多かっただけに、巧に対しててるちゃんは自信がない。ともすれば『俺の育て方が悪かったんだろうか』とぐらぐらするのだ。 「そんなことないと思うよ」  これは本気で答えているのだが、てるちゃんには慰めとしか聞こえないらしい。 「あんがとな」  憂い顔で微笑むてるちゃんが、俺にはつらい。  しかし本当に、巧は一体どうなっているんだろうか。  俺自身は巧本人の心配はしていないが、相手の事が気に掛かる。元々さほどひとに気を遣う性格でもなければ、優しい振る舞いをする子でもない。晴に対する態度を見れば分かるように、ひとを揶揄って遊ぶ悪癖も多少ある。  誰かと付き合っているのは確かだろうから、その子のことを大切にしていればいいが。その子を侮って便利使いしているのでなければいいと切に願う。  夏休みを終えると、巧の素行は元に戻った。というか、悪化した。  週末は帰って来ないのが当たり前になって、平日でも終電ぎりぎりの帰宅を連発。連絡はあったりなかったりとまちまちで、具体性のない説明でのらりくらりとてるちゃんの追求をかわす。  そして秋の連休になると、巧は『サークルのトレッキングで二泊三日』だと言って出掛けたのだが、ところがそれが三泊になった。一応メッセでの連絡はあったものの『今日は帰らない』程度の簡潔さだ。 「なんなんだよもう……」  溜め息と共に、てるちゃんがわずかに涙をにじませた。最近のてるちゃんは巧に疲れ切って、諦め気味になっていた。  その時に俺は、ああ、これは駄目だなあと思った。  そして事態が動いたのは、巧が戻った時だった。 「たっだいまぁ~」  悪びれない様子どころかむしろ機嫌良さげに帰宅した巧は、すぐに鯨井家の自室に引っ込もうとした。  小言すら言わなかったてるちゃんは、それを引き留めなかった。  俺はそれを見てここで解決しなければいけないと思った。このまま放置すれば、てるちゃんと巧の溝になる。それになにより、てるちゃんにこんな悲しい顔をこれ以上させていられない。 「巧。昨日はどこで誰と何をしていたのか言いなさい」 「ふぉ?」  日頃、『心配だからちゃんと連絡しろ』『遅すぎたり予定通りでない帰宅はおばあちゃん達の迷惑になるだろう』『帰宅の約束はきちんと守れ』。そういう注意をしているのはてるちゃんで、俺は二人がかりで攻め立てるのもどうかと静観していたのだ。そんな俺が口を出したのが意外だったのか、巧はかなり驚いた様子で振り向いた。 「えーと……」  ほぼ同じ高さにある俺の目を見返して、巧は困惑げに瞬く。俺は目をそらさずにじっと返事を待った。 「――つがいのとこにいました……」  目を逸らして、言い出しにくそうにする巧。 「はあ⁉」  と声をあげたのはてるちゃんで。 「つ、つがい⁉ え、ちょ、お前いつから――⁉」 「え、えーと……四月から……」  四月? 今は十月だぞ――⁉  ゾッとする事態に、俺は思わず巧の胸ぐらを掴んだ。 「つがいってことは契約を済ませてるんだろう? 届けはどうした?」  返事の分かりきった問いだった。つがい届けを出せば、オメガアルファ双方の現住所に確認のはがきが届くのだが、そんなものは来ていない。 「や、それはまだ」  予想した通りの返事を寄越す巧は、なんとも歯切れが悪い。  それを見て、頭に血が昇るのを止められなかった。 「この馬鹿が! つがい契約をしたくせに届け出もせずに放置してるとは何事だッ!」  プロテクター着用が義務づけられた今時は、フェロモン事故で望まぬつがい契約を結ぶ事態には滅多な事ではならない。プロテクターを外す処にはオメガの意志があり、アルファはうなじを差し出すに足りる相手としてオメガに選ばれたということだ。  そうして選んでもらったくせに、つがい届けも出さずに何ヶ月も放置しているというのか。相手のオメガはどれだけ心許ない思いをしているだろうか――そう思うと、そうさせている我が子の不誠実さが情けなく頼りない。  巧は『じゃあ届け出してくんよ!』とそのまま家を飛び出して行った。  俺とてるちゃんは虚脱して暫く呆然としていた訳だが――その日の夕方に巧から『明日の午前中につがいを連れて行くから』と連絡が入った。  それで俺たちは俄然やる気を出して玄関からリビングから庭や門扉の大掃除を行い、帰ってきた環や晴にも手伝わせ、挙げ句の果てに疲れ果てて晩ご飯はデリバリー――晴の要望でピザ――にした。そして翌日は朝一番からケーキを焼き、準備万端で巧のつがいを迎えたのである。  巧のつがいの野上伸君はやはり沢さん家の息子さんで、とてもひたむきな子だった。巧が親と喧嘩したと聞いて、彼が率先して挨拶に駆けつけてくれたようだ。巧の良いところ、自分がどれだけ世話になっているかをとても健気に説明をしてくれたので、正直彼の熱心さに打たれて巧に謝った感はある。つがいが出来たことを伝えられない事情があったにせよ、連絡を行き届かせられなかったのはやはり巧の甘えと杜撰さだとは今も思うからだ。  ともあれ、ふたりがつがいになった馴れ初めを誤魔化す事なく語ってくれた野上君。そしてその野上君には誠実であろうとしたらしい巧の様子が分かったのは、本当に良かった。  つがいに優しく出来る子で良かったと思う。 (怒った話/おわり) 多分こんな感じなんですが……いつも優しい平が怒ったことにご納得頂けるものになっているといいのですが。リクエスト有り難うございました(゚゚)(。。)ペコッ  
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