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 シートに座っている少女が、開けた英単語の本で口元を隠して欠伸(あくび)をしたようだ。  県の中心都市へと向かう朝の電車は、通学する高校生達で混雑している。 「眠そうですね、美緒(みお)さん。また遅くまで勉強してたんですか?」  少し腰を屈めて、美緒と呼んだ少女に目線を合わせるようにしながら少年が言う。 「私はね、今年受験なの。(のぞむ)くんだって、そろそろ中間テストじゃない?知らないよ、秀嶺(しゅうれい)で落ち(こぼ)れても」  上目遣いで望と呼んだ少年を見上げる若松(わかまつ)美緒。肩にかかるかどうかくらいの黒髪のボブヘアー。逆三角形の輪郭に大きな瞳。典型的な美少女である。  椎名(しいな)望はそんな美緒の心配をよそに、視線を逸らして口元に不適な笑みを浮かべる。  望が今年、入学を許されたのは県内屈指の進学校である私立秀嶺学院。その制服にも、どこか高貴な香りが漂う。 「でもホラ。陸上競技のために入ったような高校だから。テストの結果とか、あんまり気にしていないんだよね」  秀嶺学院は学力だけでなく、スポーツや吹奏楽などにも力を入れていることで有名である。 「そんなこと言って…… 赤点取っても知らないよ」  美緒が通うのも、県内トップレベルの公立高校。戦前は私立の女学校であったが、戦後の混乱により自治体がその運営を任されることになったという歴史があり、そのせいで今でも女子校なのだ。 「大丈夫。俺は赤点なんか取ったりしないよ」 「まったく。陸上競技をやってる奴って、どいつもこいつも……」 「ん?なんか言った?」 「いいえ、なんにも。とにかく。私にとってこの通学中も貴重な勉強時間なんだから。あんまり邪魔しないで」 「なんだよ。眠そうにしてたから気分転換に話し相手になってあげようと思ったのに」 「あらぁ、そうだったの?ありがとう。でももう結構よ」  美緒は再び手にしている英単語の本に目を落とす。
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