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一時停止不履行
【帰り道】
日が落ちたばかりの歩道を歩いていた。
脇道から車が来るのが見えた。
ライトは点けていない。
日が落ちたとは言え、空は明るいので、アウディR8だとわかる。
車道には季節外れの暖かな気温で出来た水たまりが見えていた。
自分の他に歩行者は見当たらない。
当然、運転手の視界で唯一動く僕を認識しているはずだ。
でもその車は一時停止すらせずに通り過ぎ、水たまりを踏んで激しく僕に水しぶきを掛けた。
ウインカーが点滅して左に曲がる。
僕が進む方向だ。
素早くスマホを車に向け、フラッシュを数回光らせた。
それに気づいた車が路肩に停まる。
そして歩く僕が追いつくと運転手が降りてきた。
「あのさぁ」
目線を動かさずに運転手の全身を見る。
年齢は40代後半。そこそこ良いスーツを着ている。襟には社章。
「なんでしょうか?」
つい、おどおどと答える。
「今さ、写真撮らなかった?」
「えっ、撮りましたけど…なにか」
「なにかじゃなくさぁ、俺の車?」
「ええ」
「なんなの?」
言葉遣いは穏やかに近いが、苛立ちが感じられる。
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