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【侵入】
予め、松下に連絡していると言っていた。
デパートに隣接するバスターミナルで暇を潰していると着信が来た。
スマホの時計は19:00。
「もしもし、町の電気屋さん?」
「お世話になります」
電話の向こうは無表情だと想像させる受け答えだった。
「今そちらに向かいますので、バスターミナルから東にある従業員入口の前で待っていてください」とだけ言うと松下は電話を切った。
無表情さは変わらない。
大きな通りから折れたところに、荷物の受け渡しを行うトラックが並び、その横に従業員が出入りする通路が見えた。
待つことなく、清見の前に男が現れた。先程の電話とは打って変わって、愛想のいい表情と声で「やっと来たかぁ」と言った。
いかにも普段から出入りしている業者の雰囲気に包まれている。
清見も合わせて「すみません、電車が遅れて」と済まなそうな表情を作る。
「じゃぁこれ」とストラップのついたカードケースを手渡せれた。
「はい」
入館証だ。場内作業者と書かれていた。
松下に促されて入口へ行くと、警備員が出入りする従業員に「お疲れ様です」と声を掛けていた。
松下も「お疲れ様です」と頭をさげて、清見に「カード、ここにタッチして」とカードリーダーを指すと、自分の入館証をかざした。
カードリーダーは疑う事なく軽快な音を立てて青く光る。
清見も真似て「お世話になります」と入館証をかざした。
もちろん、青く光る。
警備員が「大変ですね、こんな時間から」と礼をするので、清見はホント疲れちゃいますよ、と顔に出して通り過ぎた。
堂々とすべし。
清見がこの業界に足を踏み入れた時、一番最初にパンダから言い聞かされた言葉だ。
それは教訓となり家訓にもなりそうなくらい大事だった。
「こっち」
人がいなくなると松下の声はまた無表情になった。
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