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剣に付着している血痕から、相当長く突き入れたのだと分かった。
それでも自分で抜いてしまったキリヤに、男は驚きを隠せなかった。
「敵を前に驚いているとは、貴様はそんなにも隙を見せたいのか?」
その言葉で我に返った男は、キリヤを睨みつける。
傷を負ってもなお、動じないキリヤに恐怖を抱きながらも、それをひた隠しにしながら、男は剣を振るった。
キリヤはそれを左手で受け止めた。剣と掌の間を鮮血が滴り落ちていく。
「お前は、なんとも思っていないのか! 誰もが自分のことは大事だと思うのは普通だろう!」
男は思わず怒鳴った。
「誰もが……か。悪いが俺は普通じゃないんでな。そんなことを言われても、分からない。そうでない考えの者もいるということは、憶えておいた方がいいと、俺は思うがな」
キリヤは冷たい声で言うと、痛む左手で剣をつかむ。
僅かに動かすことはできるものの、その手を離すことだけはできなかった。
男の顔が忌々しげに歪む。
離せないのならば、さらに傷を深くしてやろうと思い、剣に力を込める男。
掌の痛みが増すが、キリヤは構っていなかった。
いつ、どのタイミングで殺そうか、考えていた。
「おい、作業員を一か所に集めておいてくれ。人数はそれなりに多いはずだ。集め次第、殺せ」
「分かりました」
斑模様になっているワンピースでくるりと背を向けた美乃華はそう言うと、事務所を出ていった。
それからしばらくしないうちに一発の発砲音が響いた。
彼らを集める合図のつもりなのだろう。
それを聞きながら、男が言う。
「女一人に任せていいのか?」
「貴様を殺す間くらいは、大丈夫だろうよ。それに、あいつの力を舐めてもらっては困る」
キリヤはそう吐き捨てて、左手に力を込めると、切っ先を握り潰した。
これでは、使い物にならない。
男は握力だけで、剣を握り潰してしまったキリヤに驚きを隠せない。
「もう手はない、か」
男は呟くと、使えない剣を床に捨てた。
キリヤは左手を下ろすと、鮮血が指を伝い、床にぽたぽたと滴り落ちる。
左手をだらりと下げたまま、キリヤは黒刀をつかみ直す。
男が疲弊しているのを理解した上で、キリヤは黒刀で心臓を一突きした。
大量の鮮血が迸り、キリヤの視界を赤く染めていく。
左頬に返り血がついたまま、キリヤは冷たい笑みを浮かべる。
それはとても狂気じみて見えた。
キリヤは惨劇と化した事務所を後にした。
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