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それからしばらくして廃工場に戻った二人は、それぞれ着替えを済ませた。
美乃華が先にリビングに戻り、一人、ミルクティーを淹れるとソファに座る。
しばらくして、ワイシャツを羽織ったキリヤが出てくる。
美乃華がそれに気づいて尋ねる。
「珈琲、淹れます?」
「いや、今はいらない」
キリヤはそう言うと、美乃華の隣に腰かける。
「痛いですよね。大丈夫ですか?」
ワイシャツの隙間から見える包帯を見つめて、美乃華が言った。
「ああ。……だが、心の方が痛いかもしれない」
キリヤは真剣な顔をして言った。
美乃華はそっと、キリヤとの距離を詰めて、寄り添う。
「なにが辛かったんですか?」
右腕を美乃華の肩に回すと、抱き寄せた。
美乃華はされるがまま。
「人を殺さなければ、生きることすらできないことが、だ」
キリヤは突き放すように言った。
「でも、あなたは自分を犠牲にして、人を殺しています。自分が死ぬかもしれないと分かった上で、殺しをしているんです。それって、とても危ういことだと思うんです」
美乃華はそう言った。
「……そうだな」
キリヤはうなずくしかない。
「傍にいるから、それがどれだけ辛いか、分かるんです。自分を大事にできなくなった哀しさだったり、苦しさだったり。あなたが、なにより優先させたのは、自分が生きること。それだけでしたよね?」
「……」
「肉体的、精神的苦痛は脇に置いて、生きることだけを考えていた。その生きる執着には頭が上がりません。凄いと思います」
早口に捲し立てた美乃華を宥めるように、肩を撫でる。
「その通りだ。俺は生きるためにすべてを捨てた。だが、心が悲鳴を上げるんだ。怪我をするたびに、人を殺すたびに。俺は人殺しを楽しいと思ったことは一度もない。苦しさが、辛さが、増すだけだ」
「そうですよね。人の死なんて、私達にとっては、日常です」
「死は、儚く散るもの。それ以上でも、それ以下でもない。華々しい最期なんて……どこにもない」
キリヤの独白にも似た声を聞き、美乃華はただうなずいた。
美乃華はキリヤを抱きしめた。
「あなたの辛さや苦しさや、哀しみは、私が一緒になって受け止めます」
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