第三章 美術館

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 今のキリヤは、苦痛を無視して戦場を駆けている。  それが哀しくてたまらなかった。  キリヤは強いが、無敵ではない。誰よりも傷ついている。それなのに、弱音ひとつ吐かない。  なんの気なしに、楯になると言い置いた彼の覚悟にも似た想いを感じていた美乃華は、自分を守ることができなくなった哀しい男を眺めていることしかできなかった。 「おい、そこの女」  声をかけられて我に返った美乃華は、銃口を男に向けた。  男は細身の剣を持っていた。  引き金を引く前に、男が動き出した。  あっと思ったがもう遅い。  男の剣が美乃華の身体を刺し貫こうとした瞬間、その間に黒いなにかが割り込んだ。  わけが分からないと思った美乃華の耳に声が聞こえてきた。 「おい、俺の女だ。気安く触れるな」  その声の主はキリヤだった。その声は氷のように冷たかった。  キリヤは、そう吐き捨てると、男に一太刀浴びせ、殺した。 「キリ……」 「しーっ、大丈夫か? 無傷だな?」  キリヤは遮って、優しく問いかけた。 「えっ? あ、はい……」  美乃華はおろおろしながらうなずく。  美乃華は顔から視線を離して、キリヤの身体を見つめて、瞠目した。  キリヤの背中の下あたりに細身の剣が突き刺さっていたからだ。  キリヤはなんとも思わずに美乃華に身体を向けると、それは腹を貫通していた。キリヤが身体を割り込ませていなければ、確実に美乃華の身体を突き刺していただろう。 「どうして……」 「理由はあとで教える。無理して戦うな。……お前の辛い顔は見たくない」  キリヤは一方的に告げると、細身の剣を腹から抜く。それを捨てると、美乃華に背中を向けて、時が止まった戦場に向かっていった。 「私だって、辛い顔を見たくないんですけれど。もう、勝手なことばかり言いますね」  美乃華は涙を拭いながら言い、リヴォルバーを手にした。  男達との距離を詰め、背後に回ると、頭を撃ち抜きにかかった。
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