隕世復元師

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「おじさん、どうして写真を撮ってるの?」 真鍮(しんちゅう)の地金に、多種類の金属や木製パーツで 風変わりなカメラを手にした男が振り返ると 10歳前後とおぼしき小柄な赤毛の少女が立っていた。 「……仕事だ」 面倒くさそうに言うやいなや男はまたすぐに背を向ける。 鎖骨まであるバサバサの黒髪と、2,3週間ほど剃っていなさそうな髭に 微かに白髪も見受けられる男は30後半ぐらいだろうか。 精悍(せいかん)な体つきに重そうなリュックを背負い、撮影を続ける。 「こんな家をわざわざ撮る仕事があるの?」 ふたりの目線の先にある被写体は今にも崩れそうな家だった。 砂埃が舞う荒れ果てた庭には、風化してひび割れた植木鉢や 赤褐色に錆び付いた何かの機械の残骸が無造作に転がっている。 かなりの月日を風雨に(さら)されてきたのであろう 腐食した煉瓦の屋根や外壁からは銅線のような物が所々飛び出ている。 室内こそ見えずとも、廃墟と呼んでまず間違いなさそうな状態だ。 「あるから撮ってんだよ」 今度は振り返りもせず、少女の声に背を向けたまま粗略(ぞんざい)にあしらう。 男は敷地内を一周するように、様々な方向から丁寧に家屋を撮影し 庭の片隅にある老木や周辺の()ちた植物まであらかた撮り終えると 玄関ポーチへと向かった。 (まと)っている武骨(ぶこつ)で薄汚れた黒のコートには 肩や腕など、あちこちの箇所にポケットが付いており そこのひとつから小さな清掃用のペンを取り出して 大口径のレンズを拭く男の元に、再び少女が声を掛けてくる。 「家の中に入るの?」 (そば)から離れる気配が無く、少々苛立ちを感じてきた男は かえって優しく言ってやった方が良いのかと思い直し 少女の目線の高さまで腰を落としてゆっくりと言う。 「ああ、俺はまだ仕事がある。おまえはそろそろ帰った方が良い。 もうじき陽も暮れだす。この辺はあまり治安が良くない。 独りで歩いていたら(さら)われかねないぞ」 男の真っ直ぐな視線に少女は(うつむ)いて黙りこむ。 両耳の下で2つに結わえた髪の毛を、指先で梳かすようにいじりながら 懸命に言葉を探しているようにも見えた。 「判ったら帰れ。寝床くらいはあるんだろう?」 一目でストリートチルドレンと思えるほどの(すす)けた身なりでも無く むしろ荒廃したこの地域、この辺鄙(へんぴ)な通りに居るにしては やや小綺麗な白のブラウスは違和感のあるものであったが 宵闇迫るこの時刻に親も無く独りでうろついているのだから まともな家があるとも考えにくかった。 「…無いの…無くなったの…」 押し殺すように出てきた言葉。 (あぁ、こりゃ本物のワケありだな…) と察した男は、茜がかってきた空を見上げると、小さな溜め息を付き やはり日没前に先に仕事を片付けようと、無言のまま玄関の方に向き直る。
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