隕世復元師

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古色蒼然(こしょくそうぜん)とした木製扉の、丸型ノブを回そうとした瞬間 取っ手部分の上部がガチャリ!と開き、そこから飛び出してくる形で 楕円状に0から9までの数字を記した金属プレートが出現した。 恐らくクロックワークからなるガジェットだろう。 この家の鍵となる暗証番号を入力する文字盤と思われる。 「随分と年代物の発条式転輪装置(ギァリックオートマタ)だな、珍しい。 ついでに持っていって渡してやるか…」 すると男は、担いでいたリュックの右ポケットに手をやり 小さめのハンマーのような鈍器を取り出して握り締めると 躊躇する事なく扉に向かって振り下ろした。 ガコン!ゴスン!という鈍い破壊音を響かせ ドアノブそのものを取り外そうとしている様に 少女は少し怯えた表情で後ろに下がるが、男はお構い無しだ。 元々長い年月の中で朽ちかけていた扉はそんなに頑丈なはずもなく (わず)かな時間で容易(たやす)くドアノブは外され、男はハンマーとそれとを 無造作にリュックに仕舞いこむと黙って家の中へ入っていく。 そして先ほどと同様、荒れ果てた家の中を撮影している男の様子を 恐る恐る(うかが)っていた少女が、遠慮がちに近づいてきてはまた(たず)ねる。 「ここは誰の家だったの?」 「80も過ぎた老夫婦だ。若い頃に住んでいたそうだ」 「その人達に、家を撮ってきてって頼まれたの?」 「そうだ」 家の中にはテーブルや椅子がいくつかあるものの それほど多くの家具は残されておらず 予定よりも早めに終えられそうだと思った男は ようやく少女とまともに言葉を交わす余裕が出てきた。 「もう60年近く前になるらしいが、その頃はまだこの地域には 超自然的退廃(ディジェネ)の兆候も無く、多数の人が暮らしていたそうだ」 「超自然的退廃(ディジェネ)?」 「この世界に巣食っている病魔のようなものだ。聞いた事は無いか?」 少女は目を丸くしたまま首を横に振る。 「一旦その地に蔓延(はびこ)ってしまうと、あらゆる植物が脆弱化(ぜいじゃくか)してゆくため 人間の主食となるような穀物やイモ類も当然育たなくなる。 次第に大地は乾燥し、大気は(よど)み始め、昆虫や鳥の姿が減少し やがては人間が住むのも厳しいほどに荒廃してゆく」 「そんな恐ろしい病気が…」 「『超自然的』とは言うが、一説では人類自身が引き起こした現象 人的災害だとも言われているな。まぁ俺の知った事では無いが」 不安の色を隠せず動揺する少女に、やはり違和感を覚えた男は 消し炭が残る暖炉を撮影する手を一旦休めると こちらからは初めてとなる質問を投げかける。 「おまえ、名前は何だ?」 「アイシャ、アイシャ・テューダー」 「アイシャか。俺はグレインだ。 おまえはいったい何処から来たんだ?」 名乗る時にうっすら上がった口角がまた下がり、小さな唇が固くなる。 「…………。」 「この地域の超自然的退廃(ディジェネ)の進行も知らず、何故こんな処に? 俺にはよく判らないから教えてくれないか」 (うれ)いに満ちた瞳で物思わしげな表情をするアイシャを横目に グレインは壁に飾られている絵画の撮影をする。 主役然として、中央に描かれている大きな樹木は 褪せつつも微かにピンクと思われる色の花がたくさん付いており その樹の下には2人の人物が仲睦まじげに立っている。 若かりし頃の老夫婦なのであろうか。 「……ゆうべ、あの人達が話してるのを聞いてしまったの」 沈黙を破る声に、グレインの視線は絵からアイシャへと移る。
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