隕世復元師

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思案を巡らせながら、いずれにせよ今この場でしてやれる事は 何も無さそうだと悟ったグレインは、テーブルと椅子の埃を(はら)うと リュックの中から様々な物を取り出す。ランタンや水筒、薄手の毛布に 直径30cmほどある特大の懐中時計のような発条式転輪装置(ギァリックオートマタ)。 厚みのある楕円型で、見た目にもずっしりとした重さが感じられ 鈍く光る真鍮のフタには細かな装飾と共にいくつもの傷が入っており だいぶ使いこまれている雰囲気だ。 「何を始めるの?」 「今日はもう街へ移動するには遅い。ここを宿にする」 そう言うと、ランタンの中の蝋燭に火を灯し 白い紙袋を無言で小さな手の平に押し付ける。 アイシャが袋を開けて見てみると、中には一切れのパンと いくつかのビスケットが入っている。食べろという事だろう。 「ありがとう…その機械は何?」 「記穹投影機(グラフテレジス)だ。眼で見た方が早い。座ってろ」 質問が尽きないアイシャを左隣の椅子に座るよう(うなが)した後 着ていたコートを背もたれに掛けて、自分も腰を下ろす。 グレインが記穹投影機(グラフテレジス)の端のくぼみを押し上げると ちょうど懐中時計のフタと同じようにパカッと2つに分かれて開いた。 上半分はガラスのように反射する鏡面が組み込まれており 下半分には、大小様々な形の歯車がひしめき合うように並んでいる。 サイドに何か小さな物を差し込み、カチカチッと歯車を操作すると ふたりの眼前には立体的で鮮明な映像が浮かび上がってきた。 「わぁ…!」 向こう側がほんの少し透けて見えるくらいの透明度で 宙に映し出されたその空間には、数多(あまた)の花々が列をなして咲き誇り まるでその世界のすべてを埋め尽くしているかのような光景だった。 赤、ピンク、水色、黄、緑…それはアイシャが見た事も無いほどの 自然という名の美。 「凄い、なんて綺麗…これは何処なの?」 詠嘆(えいたん)の声をあげるアイシャとは対照的に 慣れた手つきで操作をしながら、淡々と返すグレイン。 「今現在、この地球上でこんな景色が見られる処があるのかどうか それは俺にも判らない。何故ならこれは過去の姿だからだ」 「過去?」 「あぁ。この花畑は100年か120年、もしかしたらもう少し前かもしれん。 現在の状態と過去の資料から復元した、存在していない景色だ。 まだ超自然的退廃(ディジェネ)が各地で発生する前のこの世界には これほど美しい自然がそこら中に溢れていたそうだ」 「こんな景色が、何処にでも…?」 「今いるこの家だってそうだ。ここも決して特別な処では無いが 庭の痕跡からして以前は多くの花々に囲まれていた事が判る。 『春幻樹』もだいぶ立派なものだっただろう」 「シュゲンジュ?」 「窓から見えるあの樹だ。あれには本来『 (サクラ) 』という名前があり 春になると淡いピンク色の花びらを付ける美しい樹だった。 だが、その花や実を結ぶものはとても稀少となってしまった今では 生きてる間に一度でも目にする事が出来た者は幸運とされるほどになり それはいつしか『春幻樹』――春の幻―― と呼ばれるようになったのさ」 「春の…幻…どんなお花なの?」 尽きる事を知らないアイシャの質問に、顔はあげず 先ほどの絵に向けて左手で指を差すグレイン。 「あの絵の中に描かれている樹がそうだ。色褪せてはいるが 60年ほど前のここでは、まだあれほど咲いていたんだろう」 「そうなんだ…あの樹の元々の姿も判るの?」 「もちろん。今ある状態から『確かにそこに在った』もの達を見て取り 記穹投影機(グラフテレジス)を通して本来の姿として描き、失われた世界を復元する。 植物だけでなく家や街並みなども含めた景観そのものだ。 人の手によって跡形もなく破壊しつくされてる場所は無理だが 自然に朽ちた痕跡さえ残っていれば可能だ。それが俺の仕事だ」 「なんだか…初めて聞く話ばかりで、びっくり…」
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