青い月

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青い月

(1) 「冬夜君朝だよ」 「今日は旅行に来てるんだから日課はいいだろ?」 「朝9時から開園だよ!朝ごはん食べる時間無くなっちゃうよ!」 旅行に来てまで愛莉の機嫌を損ねるのは得策じゃないな。 起きると洗面所に行って顔を洗う。 「早く着替えて朝食行こ?冬夜君たっぷり食べたいんでしょ?」 愛莉が言う。 たっぷり食べさせてくれるならそれもありかもしれない。 着替えると朝食を食べにでかける。 それから愛莉は部屋に戻って準備を始める。 前もってもらったパンフレットには愛莉がチェックを入れてある。 これだけは絶対に観たい、乗りたいといったものだ。 それをしっかり頭に叩き込む。 多分連休で混んでるだろうし開場時間前に中に入れるらしいので少し早めにホテルを出る。 チケットは準備してあるので改めて買う必要は無かった。 中に入ると開園時間を待つ。 開園時間になった。 「愛莉、まずこっち」 「うん」 愛莉が希望するアトラクションの位置を叩きこんで一番近い場所から攻めていく。 最初は良かったけどやはり次からが待ち時間が出来た。 そんな時間も愛莉と二人で楽しむ。 へえ、あんなファッション愛莉にさせたら似合うだろうな。 そう言って他の女性にみとれていると。 ぽかっ とやられるのはお約束。 「どうせ私はお子様体形ですよ」 愛莉の機嫌を損ねる。 「いや、愛莉に似合うんじゃないかなと思って見てた」 「うぅ……どの人?」 「あの人」 「あんなにスタイル良くないよ~」 「そんな事無いよ、きっと愛莉にぴったり似合うと思うよ」 「本当?」 「ああ」 「ありがとう♪」 その後はあまり他の女性を見るのは止めておく。 とはいえ待ち時間暇なのでやっぱり見てしまう。 そんな僕を見て愛莉はマシンガントークを始める。 自分だけを見てて、もっと自分に構ってと言わんばかりに話しかけてくる。 昼食はちょっと早めにとることにした。 だけど同じ事を考える人は多いみたいで、やっぱり混雑している。 一日で全部回るのは無理だから二日目も夢の国にする?と愛莉に提案する。 「夜になったらきっと人減るよ」 パレードを見た後にまたアトラクションを見て回ればいい。 愛莉はそう言う。 「お土産買う時間もいらないしね」 そう言って愛莉は笑う。 「でもマグカップ欲しいんじゃなかったのか?」 「その時間くらい考えてるもん」 愛莉が言うんだから多分大丈夫なんだろう。 その後も愛莉が希望するアトラクションを回る。 夕食も早めにとってパレードの時間を待ちわびる。 愛莉も動画を取ることに夢中のようだ。 パレードが始まった。 煌びやかなパレードが進んでくる。 愛莉は動画を取ってる。 僕はパレードに見とれていた。 パレードが終ると愛莉は再びアトラクションを回る。 愛莉の乗りたいのは全部乗った。 あとは閉演時間までどう時間を潰すかだ。 愛莉がもう一度乗りたいといったアトラクションを乗る。 空いた時間でお買い物。 愛莉のお目当てのマグカップを買う。 そうして閉園時間ぎりぎりまでショッピングを楽しんでいた。 ホテルに戻ってシャワーを浴びる。 明日はもう一時間早いらしい。 今日はゆっくり眠ることにした。 (2) 咲良の引越しの日。 小物や衣類なんかはあらかじめ運んでいた。 あとは大きなものを運ぶだけ。 渡辺班の手の空いてるものが手伝いに来てくれた。 「みなさんありがとうございました~」 咲良が礼を言う。 「気にしなくていいよ。これも活動の一環だ」 渡辺がそう言う。 そのあと出前を取っていたそばを皆で食べて皆帰っていった。 その後俺はのんびりと時間を過ごす。 咲良は荷解きで大変なようだ。 見かねて咲良に「手伝おうか?」と聞いたら「ひとりでやれるから~」と言ったので一人でやらせてる。 夕方ごろになって荷解きが終わった咲良が「夕ご飯どうします~?」と聞いてくる。 「今日が外食でいいだろ?咲良も疲れてるだろうし」 「そうですね~。明日からは作りますから~」 咲良とファミレスで夕食を食べると家に帰る。 シャワーを浴びてウィスキーを飲んでいると咲良も酎ハイを飲んでいた。 「不束者ですがよろしくお願いします」 咲良がそう言って頭を下げる。 「こちらこそよろしく」 そう言って俺も頭を下げる。 その後も色々話をして俺達は寝た。 明日から新生活が始まる。 (3) 今日もきてしまった。 免許センターそばのショッピングモール そこのアナーキーって店で彼は働いてる。 前半の3日間渡辺派の合宿で休んだから後半は働くのだという。 彼も生活かかっているのだから仕方がない。 だけど私は寂しい。 だからこうして彼の元に通う。 ただ通うだけじゃ迷惑だと思って雑貨系を買う。 「いつもありがとうね」 店長さんが言ってくれる。 「と、いうわけで晴斗。休憩して来い」 そう言うと晴斗と1時間のデート。 僅かな時間だけど楽しい。 「毎日あざーす」 晴斗は言う。 「私迷惑になってない?」 「とんでもないっす!物まで買ってもらってこっちが逆に悪いっす」 ならよかった。 楽しい時間はあっという間に過ぎてしまう。 「じゃ、俺そろそろ時間だから」 「がんばってね」 そう言って彼を見送る。 帰る途中彼からメッセージが。 「連休終わったらどこか遊びにいこうっす!」 「了解っす」 彼の生活に支障をきたさない程度に干渉しよう。 そう決めた。 (4) カランカラン。 ドアベルが鳴る。 亜依さんがやってきた。 晶ちゃんと話をしてる。 「あら?旦那さんと遊びに行かないの?」 「旦那はバイトよ」 亜依さんはそう言って笑っている。 「例の彼は毎日来てるの?」 「そうみたいね」 例の彼とは栗林君の事。 北村さんに興味があるらしく、片桐君に言われたとおりに毎日通っている。 今日もやってきた。 「……ご注文はコーヒーで?」 「ああ、頼むよ」 「かしこまりました」 北村さん、接客業なんだからもう少し愛想よく行こうよ。 そりゃ毎日付きまとわれて大変なのは分かてるんだけど。 付きまとっていると言ってもコーヒーを飲んで帰るだけだけど。 毎日コーヒーを飲んで帰るだけの大切なお客さんだよ。 片桐君や、これじゃ逆効果な気がするのは僕だけかね。 「あなたもよくやるわね……」 晶ちゃんが栗林君に話しかけていた。 「それしか俺にはどうする事も出来ないから」 「片桐君の言う通りにやってれば大抵上手くいくけどさ、今回ばかりはちょっと無理目な気がするんだよね」 亜依さんの言う通り。 彼女の目にはまず君は映ってないよ。 揶揄ってるようにしか思ってない。 「俺もこんな事して何が変わるのか分からない。けど他に手が無い以上そうするしかない」 「あんたなら他にいい女性いくらでもいるでしょう?そっち当たったら」 亜依さんが言うと北村さんがぴくっと反応するのを僕は見てしまった。 「それじゃ意味が無いんだ。彼女じゃないと駄目なんです」 「どうして?」 「こんなに興味を持った女性は彼女ただ一人だから」 その言葉をじっと聞いている北村さん。 晶ちゃんにもその言葉は響いたらしい。 「いいんじゃない?好きなだけ足掻けば。周りから見れば見っともないかもしれないけど私は今のあなたが素敵だと思うわよ」 晶ちゃんからお褒めの言葉を頂いた栗林君。 カランカラン。 お客さんが入ってきた。 ガラの悪そうな男が2人。 「いらっしゃいませ2名様ですか?」 必死に営業スマイルを作る北村さん。 「こちらのテーブル席へどうぞ」 事務的な口調で席を案内する。 「この店に渡辺班てのがいるそうだが。君知らない?」 北村さんは亜依さんを見る。 亜依さんは首を振る。 その意図を汲むくらいの事は出来たらしい。 「わ、私共は存じ上げません。一体何のことでしょうか?」 彼女に出来る最大の演技を今演じ切って見せた。 拍手を送りたいが我慢した。 「なんだよ。やっぱりただの噂かよ。来て損したぜ」 「ご注文が決まりましたらお申し付けください」 「ビール二つ」 「お客様メニューをご覧になってからご注文をお願いいたします」 うちは喫茶店だよ。バーじゃないんだよ。 「なんだよ、態度悪い店員だな。冴えない面してるし。他の店の方がよっぽど気が利いてるぜ」 何処の喫茶店にビールを置いてあるのか問い詰めたいくらいだけど、取りあえず様子を見る。 マスターも異様な空気をさっしたのか厨房から出て来たけど僕が対処しますとマスターを厨房に戻す。 「大方大層な噂を流して客を引き込もうって魂胆だろうけどこんなしけた店じゃ意味ないぜ?」 「まだスティンガーの方が気が利いてる。渡辺班?ハン笑わせる?」 そんな事をこの二人の前で言っちゃいけないよ。 ほら二人共顔つきが変わってる。 そして言い放った。 「だったらそのスティンガーとやらに精々むしられてくるのね!」 「スティンガーとやら程度じゃないとあんた達みたいなゴロツキ相手にしてもらえないんでしょう?縁結びの神様に見放されただけじゃない」 亜依さんと晶ちゃんが言うと男はテーブルを蹴飛ばす。 床に固定されているテーブルなのでひっくり返りはしないけどテーブルの上に置いたお冷を入れたコップがひっくり返り彼女には水を被る。 「なんか言ったか?姉ちゃん!」 「俺達を甘く見てると怪我するぞ!」 男二人は立ち上がり晶ちゃん達に怒鳴りつける。 売り言葉に買い言葉。 「上等じゃない!怪我するのはどっちかはっきりさせてあげようじゃない!」 「擦り傷くらいで済むと思ったら大間違いよ」 亜依さんと晶ちゃんも立ち上がると4人が表に出ようとする。 「待て!女性に暴力を振るとは見過せないぞ!」 腰を抜かした北村さんを気遣う栗林君が男の背中に怒鳴りつける。 いいんだよ。北村君。その二人規格外の強さだから。 「カッコつけてんじゃねーよ!」 殴りかかろうとする男の肩を僕が掴む。 もうそういう場面は無いと思ってたんだけどね。 「痛え!何しやがる」 「お客様店内での騒ぎは出来ればご遠慮願います」 そう言って二人を引きずり外に放り投げる。 「畜生覚えてろよ!この店の評判下げてやるからな!」 渡辺班の噂を聞きつけてこの手の輩はたまに来る。 大体2度と来ないけど。 覚えていて欲しいのはむしろ僕の方だね。 君達の命の恩人なんだから。 立ち去る二人を見届けると。僕は店内に戻る。 「君大丈夫?」 栗林君と一ノ瀬さんが北村さんの様子を見る。 「大丈夫です。このくらいなんてことありませんから」 膝が笑ってるよ、北村さん。 「これで助けてもらったの2度目ですよね。えーと……誰でしたっけ?」 仮にも同じ渡辺班の一員なのにこの対応。さすがに栗林君に同情するよ。 「栗林純一。これでも渡辺班の一員だよ」 「人の名前覚えられないんです。すいません」 そういうと胸ポケにしまっていたメモ帳を取り出して名前を記入している。 「それじゃ、栗林さんありがとうございました」 「このくらいお安い御用だよ」 「じゃ、私仕事があるので」 そう言って北村さんはトレイに割れたコップの破片を乗せていく。 「痛っ」 案の定彼女は破片で指を切ってしまった。 一ノ瀬さんが持っていた絆創膏を貼る。 僕が片づけを替わる。 大きな破片だけをトレイに乗せてあとは箒と塵取りで片づける。 彼女の異変に気が付く。 それが恐怖からきたものか指を切ってしまったものなのか、それとも何もできない自分の悔しさからくるものなのか分からないけど彼女は震えていた。 「一ノ瀬さんや、北村さんを一度休憩室に連れて行ってあげて」 「そうですね。さ、行こう?」 そう言って北村さんを連れて休憩室に向かう一ノ瀬さん。 「君は立派に対処した。君は間違ってない。もっと胸を張って生きていくと良い!」 栗林君が言う。 その言葉に気がついたのかすれ違う僕にしか分からないくらいの声で「ありがとう」と言っていた。 「じゃ、俺も帰ります。また明日」 そう言って栗林君は店を出た 「見た目もいい、正義感あふれる熱血系。申し分ない物件よね?どうして北村さんに拘るんだろう?」 「人を好きになるのに理由がいるかい?」 亜依さんの言葉にそう答えていた。 「以前誰かが言ってた言葉です。人を好きにならなきゃいけない理由もないけど。人を好きになるのにも理由は要らないんだと思います」 「要するに一目惚れしたってことね?」 「多分そんな事でしょうね?」 晶ちゃんが言うと僕が答えた。 北村さんが着替えてオーナーと一緒に出て来る。 「悪いけど今日北村さん帰らせるわ。ちょっとショックだったみたいだし」 「わかりました」 「じゃ、気をつけて帰ってね」 「ご迷惑をおかけします」 そう言って北村さんは帰っていった。 「そろそろ馬鹿亭主が帰る頃ね。私も夕飯買って帰らないと」 「じゃ、今日は帰るわ。善君夕食作って待ってるね」 そう言って二人も帰っていった。 入れ替わりに中島君がやってきた。 一ノ瀬さんと楽しくやってる。 片桐君はこうなることを予言していたのだろうか? 本当に何でもありになりつつあるね。片桐君。 (5) バッシュで床をステップする音が聞こえる中私は佐倉先輩に言われた通りデータをとっていた。 とりあえず私は高槻君のデータを任された。 一度に全員は無理だから一人ずつ統計を取っていけばいい。 彼はゴール下を任されてるポジションだ。 身長は赤井先輩より高いけどやっぱり体格が違うのか、赤井先輩に劣る。 一番の痛手は早いパス回しを使た速攻を中心とする地元大のリズムに乗れない事。 「そんなんじゃレギュラー取ろうなんて10年早いですよ!」 佐倉先輩が叱咤する。 彼だって頑張ってるのに……。 笛が鳴る。 休憩の合図だ。 彼にタオルと水分補給をと、彼に近づこうとすると佐倉さんがそれを止める。 「苦しいときのシュート練習です!ここで落としてたら意味ありませんよ」 皆きついのをこらえてシュート練習をこなしてる。 必死な彼の姿に見とれていた。 練習が終わる。 だけど佐倉さんは容赦ない。 「最後のランニング!片桐先輩のパスを受けようと思ったら今日の2倍3倍は動かないと受けれない!体力勝負ですよ!ここで脱落するようならレギュラーなんて夢のまた夢ですよ!先輩たちを見て!まだ余裕すらありますよ!」 こんな練習を続けていたら、一人また一人と辞めていく。 このままじゃ来年先輩たちが卒業したらレギュラーの定員割ってしまうんじゃないのだろうか? そんな疑問を佐倉先輩にぶつけていた。 「それはありますね……かといって先輩たちに楽させるわけにもいかない。そこが悩みどころなの」 佐倉先輩はそう言って笑う。 将来バスケ部はまた存続を危ぶまれるものになるかもしれない。 でも、今勝つことが大事。 片桐先輩一人のチーム。 そう思わせるわけにはいかない。 そう佐倉先輩は言う。 存続をとるか栄光を掴みに行くか? そんな選択肢に佐倉先輩は悩んだ末の結論なのだろう。 彼が着替え終わるのを待っていた。 「いつも待たせて悪いね」 「いえ、いいんです」 私が勝手に待ってるだけだから。 理由はない。 付き合うってそういう事なんだろう? 私が勝手に思い込んでるだけ。 だから私は勝手な思いを彼にぶつける。 「週末空いてますか?」 「一応オフだけど自主練する先輩もいるから……」 「夜だけでいいです」 「どうしたの?」 彼が聞いてくる。 私は自分の願望を彼に告げた。 「一緒に夕食でもどうですか?」 彼は驚いていた。 「……いいの?」 いいよ。だって……。 「私が誘わないと高槻君誘ってくれないじゃない」 「ごめん!部活に夢中になってて」 知ってる。だからたまには私に夢中になって。 ……あれ? これが恋なの? 「で、どうする?一緒に夕食行ってもらえますか?」 「喜んで!何が食べたい?」 「特に決めてない。空いてる店を予約しておこうかと」 「俺が決めてもいいかな……片桐先輩にお勧めのイタリアンのお店を聞いたんだ」 「わかった。じゃあ、そこで」 「明日は部活俺が迎えに行くよ。部活終わったらそのまま行こう!」 「わかった」 私達は車に着く。 「じゃあ、また……」 「ええ、また明日」 今夜は青い月。 月は今日もまた語りかける。 私達が忘れてしまわないように。 不思議な夜。 汗をかいてる彼の体に引き寄せられる。 彼の目を見る。 そして私は何かを悟ったのように目を閉じる。 今夜は青い月 月は今日もまた語りかける。 強く輝けとこの身に託されさずかった命に告げる。 月の光を心にそえてこの先への私達の為に、大切な人の為に。 彼の笑顔が途切れぬように。 (6) 「伊織、高槻君来たわよ~」 「は~い、今行く~」 ブラウスを羽織ってバッグを手に取り部屋を出る。 玄関にはいつもの翔ちゃんが立っていた。 昨日と同じ時間に来た。 アポは取ってくれないことは分かっていたのであらかじめ準備しておいた。 「今日は準備してたんだね……いこっ?」 因みに今日の恰好は昨日翔ちゃんに買ってもらった格好。 気づいてもらえなかったのだろうか? 少し寂しい。 私が助手席に乗ると翔ちゃんは車を走らせる。 「今日はどこに行くの?」 「フラワーパーク」 「きょ、今日は混んでると思うんだけど……」 「何?不満なわけ?」 「翔ちゃん混んでるところ嫌いなんじゃないかなって」 「嫌いだよ、退屈だしノロノロ運転でイライラする」 じゃあ、どうして? 「伊織は僕を退屈にさせるつもり?」 「そ、そういうわけじゃ……」 てことは相手してくれるのかな? フラワーパーク手前で案の定渋滞していた。 車内は静まり返り気まずい空気が漂いだす。 「どうして今日フラワーパーク行こうって思ったの?」 「特に理由は無い」 検索サイトでデートスポット探してたら出てきたから。 これ、デートなんだ。 ちょっとだけ嬉しかった。 「わあ、綺麗だね」 窓から見えるお花畑の景色は綺麗だった。 「外から見えるんだったら中に入る必要なくない?」 「でも、中に入るともっと綺麗だって書いてあるよ」 「花に興味が無いんだ」 じゃあ、どうして今日この場所を選んだの? ようやく中に入ると「お腹が空いた」というので昼食を取ることにした。 ジンギスカンを食べた。 私は一人前食べるのがやっとだったけど残りは翔ちゃんが全部平らげた。 「もう帰ろう」という翔ちゃんを引き止めて色んな花を撮って回る。 花に囲まれたベンチがあった。撮影は自由らしい。 「翔ちゃん一緒に撮ろう」 「誰に撮ってもらうんだよ?」 こんな事もあろうかと用意してますよ。 バッグに入れてあった自撮り棒を取り出すとスマホをセットする。 「ちょっとくっつきすぎじゃないか?」 「いいじゃない?ほら翔ちゃん笑って」 パシャッ ちゃんと撮れてるかどうか確認すると翔ちゃんを引っ張ってハーブを取り扱ってる店に行く。 「翔ちゃんどんな匂いが好き?」 「どれもそんなに変わらないよ。それにトイレの芳香剤みたいな匂いじゃないか?」 男の人はみんなそういうものなのだろうか? 色んな花と店を見て回ると帰りに着いた。 「帰りにご飯くらい食べてく時間あるだろ?」 「うん、大丈夫」 さすがに泊りは準備してないけど。 替え玉50円!!と大きく看板に書いてあるラーメン屋さんに着いた。 まあ、一緒に夕食食べられるだけでもいいよね。 「ああ、疲れた」 「運転お疲れ様」 「……ありがとう」 翔ちゃんはそっぽを向いて言った。 翔ちゃんでも照れるって事があるのだろうか? ラーメンを啜りながら翔ちゃんは言う。 「明日はどこ行く?」 「え?」 明日もどこか連れて行ってくれるの? 「暇だしさ、どっか行こうよ」 暇つぶしの相手だったのね……。 空しくなる。 「彼女だったら暇つぶしの相手くらいしてくれてもいいだろ?」 翔ちゃんの中の彼女の定義って何なんだろう? 「伊織はどこか行きたいところとかないの?」 私の希望を聞いてくれるのだろうか? とはいえ地元のデートスポットなんてそんなにない。 思いついたまま言っていた。 「水族館……なんてどうかな?」 「伊織がいいならそこでいいよ」 ラーメンを食べ終わると家に送ってくれる。 「今日もありがとう」 「また明日同じ時間にくるから」 「うん」 また沈黙が流れる。 翔ちゃんが出るのを見送ろうとと思ったのになかなか出ない。 どうしたんだろう? 私を見て、そして頭を掻きむしってる。 そして翔ちゃんの口からこぼれた言葉。 「今日は昨日買った服来てくれてありがとう。似合ってるよ」 今頃気づいたんだね。 「翔ちゃんこそありがとうね」 「じゃ、また」 照れてるのだろうか?すぐに走り去っていった。 月を見る。 今夜は青い月。 月は強く輝けと命に告げる。 寂しさの上にあった今を忘れてしまっては一体誰の為であろうと、語りかけた。 (7) 男の人に恫喝された事は初めてだった。 私面倒事に巻き込まれてる? 嫌だなあ。 今振り返るとそう思えたけどあの時はそうじゃなかった。 動揺していた。 彼にまた助けてもらった。 動転して名前を忘れていた。 今度は強くメモに書き込んだ。 栗林純一。 彼は勇敢な人なんだと思った。 顔も多分高評価の顔なんだろう。 正確も真面目そうで誠実そうでそして勇ましい。 欠点が無さそうな彼だった。 「彼なんてどう?」 片桐先輩が言ってたけど、私には到底無理なレベル。 こう見えても自分の事を客観的に見てるつもりだ。 女性としては底辺にいることくらい分かっている。 でも今さらどうこうしようと思わない。 海の底に眠る貝のようにそっとしておいて欲しい。 私から見れば彼氏なんて画面の向こう側にいるジャニタレみたいなものだ。 決して手に届かない物。 手に入るとは思わない。 手に入れようとも思わない。 今日も帰りにコンビニに寄ってご飯を買って帰った。 テレビをつける。 お笑いの声が空しくこだまする。 空しくなり続けるスマホ。 今日の出来事を振り返る。 私は強いと思ってた。 でも男のたった一言の怒声ですくみ上ってしまった。 そんな私を救ってくれた彼の一言。 私は彼の優しさに触れた。 やさしさにふれると、滲むような弱さを知る。 弱いと認めると甘えてしまいたくなるけど、私は誰に甘えたらいい? 人は誰しもそんなに強くはないものだからこそ。 今、隣り合わせた人を思いやる魂よ…… 窓から月が見える。 今宵は青い月。 月よ私達は何かしらの意味をさまよい求めているとすればどんな意味があるのだろう? この姿を借りてどれだけ彷徨い続ければいいのだろう?。 月は今日もまた語りかける。 私達がすべて忘れてしまわぬように……。 また明日も彼は来るのだろうか。 来たところで何があるのだろうか? 傷つかないようにそっとしておいて欲しい。 私はテレビの向こうに映る彼を見ているだけでいい。 それ以上を求めない。 (8) 朝起きると冬夜君を起こす。 少し寝惚けてるみたいだったけど、すぐに目を覚ましてくれた。 朝食を食べると、夢の国に向かう。 開園時間前に行った方がいいらしいから。 やっぱり連休のせいもあって人の混雑が凄い。 待ち時間冬夜君はまた他の女性を見てた。 私は拗ねてみせた。 冬夜君は言い訳した。 「あの服愛莉に似合うだろうなって」 私はその人を見る。 私なんかよりずっと大人な女性。 私には似合わないよ……。 それでも冬夜君は似合うという。 私はその人を見た。 よく観察しておいた。 地元に帰ったら似たような感じのを買いに行こうって。 それからも冬夜君が他の女性に目がいくので私はひたすら話しかけた。 他の人に夢中になる時間があったら私に夢中になってよと言わんばかりに。 先にチェックしておいたアトラクションを冬夜君は暗記していたらしい。 「この分だと全部はまわりきれないな。明日も夢の国にする?」と聞いてきた。 「夜になったら人も減るよ」 「でも、夜はパレードあるよ?」 「パレードのあとでもいいじゃない」 冬夜君は納得してくれた。 そして夕食を食べてパレードを見てアトラクションを見て回って冬夜君と店を探す。 ちゃんと覚えていてくれたらしい。 私がネットで見つけたマグカップ。 このマグカップで冬夜君と新しい朝を迎えよう。 ホテルに戻るとシャワーを浴びてスマホを見る。 青い鳥で一波乱あったらしい。 「冬夜君はそこまで計算してた?」 「そんなわけないだろ」 冬夜君はそう言って笑う。 「これで一歩進めたのかな?」 「どうだろうね、根本的な何かがまだ解決してない気がする」 冬夜君の「気がする」は大体当たるから無視できない。 逆に聞いてみた。 「冬夜君はどうなればいいと思ってるの?」 「そうだな……熱すればいいんじゃないかな?」 ほえ? 「貝って熱すると口開くだろ?」 意味が分からない。 「それってさ貝柱が急に収縮して貝殻から外れるからなんだって」 「……北村さんの貝柱を外すって事?」 「そうだね」 「その方法は?」 加熱するってわけにはいかないよ? 「何か緊張をほぐす材料があればいいんだけどね。僕も北村さんの全てを知ってるわけじゃないから」 「そっかぁ」 私はそう言いながら夢の海のマップを見ていた。 「何してるの?」 「明日行くところチェックしてるの?」 「そ、そんなに行くの!?」 「だめ?」 上目遣いで冬夜君を見る。 冬夜君はこれで大体受け入れてくれる。 「困ったお嫁さんだな」 えへへ~。 「開園時間早いらしいし早めに寝よっか?」 「そうだね」 冬夜君が窓から外を見る。 「愛莉来てごらん?」 「どうしたの?」 冬夜君が空を指差す。 「わあ……」 青い月。 今日が終る前に話をしよう。 その頬照らされた月の光を心にそえて。 この先の私達の為に。 愛し合う者の為に。 今日の誰かの笑顔がとぎれぬように。 きっとあの二人も笑顔でいられますように。
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