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君が好き
(1)
「おはよう、冬夜君。早く起きて!朝ごはんの時間だよ」
朝から愛莉のテンションが高い。
何か良い事あったのか?
「おはよう愛莉。朝から元気だね」
「そうかな~?」
「うん、何かいいことあった?」
「え……?」
この「え?」はまずい「え?」だ。何か地雷を踏みぬいたかな?
けど愛莉の笑顔は崩れない。
「冬夜君と旅行に来てるじゃ理由にならない?」
「いや、今日は一際テンション高いって言うか……」
「最後だから。楽しく過ごそうと思って……それに」
「それに」
愛莉は僕に抱きついてくる。
「冬夜君が毎日優しいから嬉しいんだよ~」
なるほどね。
「いつもこうやって素直に起きてくれるといいのにな」
「努力するよ」
「うん。じゃあ、早く顔洗って着替えて朝食いこ?」
「わかった」
愛莉の言う通りに仕度して着替えると愛莉が僕の鞄をひっくり返してる。
「何してるの?」
「冬夜君整理整頓が出来ない旦那さんなんだね。鞄がパンパンだから見て見たら服がくちゃくちゃになってた。しわ伸ばすの大変なんだよ~」
「そんなの後で良いから朝食行こ?」
「は~い」
朝食から戻ってくると愛莉はさっきの作業の続きを始める。
自分の荷物だしと手伝おうとすると愛莉が止める。
「冬夜君はたたみ方雑だから私がするの」
最終日に来て喧嘩はしたくないから愛莉の邪魔にならないように愛莉の作業を見てる。
帰りの便は昼からなので十分時間がある。
チェックアウトギリギリまでホテルで過ごして直行便のバスに乗って空港に着く。
まだ飛行機の時間まで時間がある。
昼飯を食べようと空港の中を歩く。
色んな飲食店があったけど、僕はある店で立ち止まった。
「どうしたの?」
「今度何を食べてもいいって言ったよね?」
「うん、何かあるの?」
「この店行こう?」
そこはうどん屋さんだった。
「東京まで来てうどん食べたいの?」
愛莉は呆れている。
愛莉は分かってないな、東京だからうどんなんだよ。
「ほらテレビでやってたじゃん、東京のうどんは黒いって。あれが気になってさ」
「ふ~ん。まあそれでいいならいいよ」
愛莉とうどん屋さんに入るとメニューを見て驚いた。
空港価格とはいえただの天ぷらうどんにこの価格は高すぎるだろ!
「愛莉どれにする?」
「折角だから天ぷらうどんにする~食べれなかったら冬夜君食べてね」
「わかった」
そして出てきた真っ黒なうどん。
ちょっと汁を救ってみると濁ってるわけではなかった。
汁を飲んでみる。甘辛いというか甘いというかなんか違う……。
愛莉も同じ感想だったみたいだ。表情が険しい。
そんな微妙な感想のうどんだったけど、きっちり残さず食べた。
愛莉の口には合わないみたいでほとんど残してた。
それも食べてやる。
そうなると愛莉のお腹が心配になる。
「愛莉もう一件何か食べに行こうか?」
ぽかっ
「そう言って冬夜君が食べたいだけでしょ。さっきので食べて良い約束は終わりだよ~」
「いや、愛莉飛行機お腹空くかもしれないだろ?」
「平気だもん!」」
ここまできて最後に喧嘩は良い選択肢じゃないな。
お土産屋に行くとお菓子を買った。
「こら!もう終わりだって言ったでしょ!」
「僕が食べる分じゃないよ。愛莉が食べる分だよ」
「ほえ?」
「さっき全然食ってないだろ。そんなお嫁さんが心配だから一応買っておいただけだよ。お腹なって恥ずかしい思いさせたくないから」
「うぅ……じゃあ、いいよ」
搭乗手続きを受けて手荷物検査を受けるとロビーで待つ。
搭乗開始のアナウンスが鳴ると僕達は飛行機に乗り込んだ。
また窓際の席を愛莉に譲ってもらう。
「後は帰るだけだね」
「そうだな」
「一杯思い出作れたね?」
「うん」
「今度は9月かな?8月は五輪あるし」
「そうなるね」
「頑張ってね」
「ありがとう」
ポーンとなってシートベルト着用のランプが着く。
いよいよ離陸だ。
(2)
「咲。準備出来た~」
「もう少しだけまって……OK」
朝早くから出かけた。
咲の車の調整の出来を見る為だからちょっと遠出することにした。
咲が助手席に乗りシートベルトを締めたのを確認するとゆっくりと車を出す。
ICそばのコンビニで飲み物とかを買うと高速上り線に入る。
「で、どこいくの?」
「北九州の博物館」
「あんたそんなのに興味あったの?」
「あるって聞いたから行ってみたくなってね」
距離的にも悪くないし。
車の調子は悪くないようだ。
快適に走行してる。
馬力を下げたデメリットはあるけど、日本の高速道路ならこれなら問題ないだろ。
「へえ……自分で運転した時は分かんなかったけど大分感じ変わったね」
咲がそう評する。
別府のPAで休憩すると、北九州まで一気に行く。
咲がCDをかける。
片桐君が好きなグループのCDだ。
「悠馬はどんなの聞くの?」
「僕は特に好きなのは無いかな?」
ただ渡辺班でカラオケに行くことが多いから音楽番組は欠かさず見るようにしてる。
そのくらいだ。
強いて言うなら家にあった70年代の歌謡曲とか?
「じじくさっ!」
咲に一蹴された。
車が車なだけに煽られる。
煽るだけ煽って一気に抜き去っていく車。
燃費走行がうたい文句の車で馬鹿みたいに飛ばして意味があるのだろうか?
「あんなの相手にしたら駄目だからね!」
「わかってるよ」
でも気になることがある。
「どうして先はこの車を選んだの?」
「かっこいいから」
「それだけ?」
「まだあんたと会う前だったから、見栄とプライドだけで生きてた時代だったから」
そういうことね。
「今考えると馬鹿なことしたなって後悔してる」
「片桐先輩が言ってた。過去の積み重ねが現在なんだって。一枚でも過去が無くなったら現在が崩れてしまう。無駄な過去なんてないって」
「……さすが冬夜君だね。言う事が違うわ」
「そうだね」
あの人の言葉には何か不思議な力が宿ってる。
自分の事に対しては全然だめみたいだけど。
博物館に着くと展示物を見てまわった。
一部を除いて撮影許可はでてるらしい。
一つ一つをじっくり見て歩きたいけど……。
咲がそれを許さなかった。こういうのには興味がないらしい。
「男ってみんなこういうのに憧れるわけ?」
「皆ってわけじゃないと思うけど」
「あんた他人と変わってるところあるもんね。建築物や建造物をじっくり見て回ったり……、ほら前に行った製鉄所の見学会だってそうだった」
「人がどうやってこんなものを作ったんだろう?どういう仕組みになってるんだろう?って気になってね」
「同じくらい私にも興味持ってよ」
「もってるさ」
咲と言う人間がどういう行動に反応してどういう対応をするのか?咲のマニュアルを今も作ってる。
「渡辺班流にいうと咲のトリセツを作ってるかな?」
「へえ、それ見せてよ」
「内緒」
「ケチ」
そう言って先を行く咲。
帰りはうどんのチェーン店でうどんを食べて帰った。
福岡道路の造りに感動すら覚える。
福岡道路から東九州自動車道に入ってまっすぐ家に帰った。
夜はファミレスで済ませる。
疲れてる先に家事をさせるのは悪いと思ったから。
「今日で連休も終わりだね」
「そうだね」
「最後の休みだよ?」
「どうかしたの?」
「……あんた本当に私のトリセツ作ってる?やっぱり一度見て見たいわ」
ああ、そういう事か。
僕は咲の肩を抱き寄せる。
「君が好きだよ」
彼女は一瞬頬を赤く染めていたがそれを膨らませて言った。
「好きでない人と結婚なんてしないわよ」
それもそうだ。
その晩は、僕のありったけの好意を咲にぶつけてみた。
(3)
準備は出来た。
居間で待っているとインターホンが鳴る。
急いで出ると翔ちゃんが立っていた。
「ひょっとして待ってた?ちょっと遅かったかな」
「そんな事無いよちょうど今部屋を出たところ」
「そっか、じゃあ行こう?」
「うん」
今日は日田までおでかけ。
高速で日田まで行く。
昔ながらの城下町がある。
写真を撮って回る、私を呆れて見てる翔ちゃん。
「こんなの竹田でも見ただろ」
「竹田は通り過ぎただけじゃない」
2時間ほど歩いて日田焼きそばを食べる。
「別にわざわざ日田まで来て食べるもんじゃないね」
翔ちゃんが素直じゃないのは今に始まった話じゃない。
「翔ちゃんと来たから美味しいんだよ」
「そんなものなの?」
「うん」
焼きそばを食べると帰るのだけど……。
「帰りは国道通って帰りたいんだけどいい?」
「いいけどどうしたの?」
いつもだったらさっさと帰ろうというのに。
そう言えば昨日も遠回りして帰ってた。
「あとで教えるよ」
翔ちゃんはそう言って、国道を下っていく。
その間翔ちゃんは私の話を聞いては相づちを打ってた。
偶に翔ちゃんから話しかけてくる。
私はその話に耳を傾けいた。
こんなのんびりした時間を翔ちゃんと楽しめる。
夢のようだった。
ずっと続いたらいい。そう思ってた。
けど日が暮れる頃地元に戻る。
「日が暮れたし夕飯くらい食べてくでしょ?」
「うん」
今日は少し考えてくれたのだろうか?
ショッピングモールのレストランで食事をする。
食事が終ると家に帰ると思ったけど……昨日の公園に車を止める。
それまでの時間が嘘のように沈黙に包まれた、気まずい空気が流れる。
どうしたの?翔ちゃん。
「連休の間ずっと遊んでたけどさ」
「うん」
「やっぱり違ってた」
え?
「伊織と過ごしてる時間が退屈だとかイライラするとか思ってたけどそうじゃないんだ。伊織と過ごすゆっくりと過ごす時間が凄く大切なんだって気づいた」
「うん」
「今さらかも知れないけど伊織。君が好きだ」
「……」
頬を伝う涙。
そんな私を見て戸惑う翔ちゃん。
「ありがとう、私も翔ちゃんが好きだよ」
「こんな事言う資格僕にはないかもしれないけど、これからも僕と付き合って欲しい」
「私こそ翔ちゃんと比べて全然だめな女性かもしれないけどよろしくお願いします」
「こちらこそよろしく」
翔ちゃんが好き。
私が生きる上でこれ以上の意味はなくたっていい。
あなたを待って行き場のない思いが夜空に浮かぶ。
翔ちゃんが好き。
煮え切れらないメロディに添って想いを焦がす。
(4)
歓声に包まれるスタジアム。
J1昇格を目指して戦い抜く地元チームを応援していた。
試合は地元チームが勝っていた。
私は周りのムードに酔っていた。
そして忘れていた。
隣に座る佐(たすく)の存在に。
前半のリードを見事に守り切った地元チームが勝った。
湧きたつ観衆。
試合が終わると、皆会場を出る。
帰りながらも余韻に浸る私。
そしてふと思い出す。一緒に観に来ていた自分の彼氏のことを。
やってしまった。
佐に謝る。
だけど佐は笑っていたな。
「いや、面白かったよ。熱心に応援する桜子を見ていてな」
「すいません、つい夢中になってしまって」
シャトルバスで駐車場まで行って車に乗り込む。
「なあ、冬夜がいなかったらサッカー部に行ってたのか?冬夜がサッカーを選んでいたらサッカー部にいってたのか?」
「そうですね……」
「じゃあ、冬夜に感謝だな。冬夜がいなかったら俺達は出会う事すらなかったのだから」
「そうですね」
そして私は恋をする事すらなかっただろう。
「巡り会いは奇跡か……確かにそうかもしれないな」
佐がふと漏らす。
「巡り会いは奇跡かも知れない、でもゴールを決めるのは佐自身だと思いますよ」
「桜子?」
「片桐先輩がサッカーしてたころの話していいですか?」
「ああ、いいけど」
「私が初めて見た片桐先輩のサッカーのプレイはたったの1プレイなんです」
「え?」
その1プレイが奇跡だった。
たったの1プレイで奇跡を作り出し、そして多田先輩が決める。
高校の時もそうだった。たった1プレイで観客を虜にする先輩。
バスケでも変わらない。
「何が言いたいんだ桜子は」
「先輩が作り出す奇跡はただのきっかけに過ぎないって事です。急にボールが来たからと言ってシュートを外すプレイヤーだっている。受け取る相手次第でどうとでも変わるのが先輩の奇跡です」
わかってもらえますか?この意味。
「最後に決めたのは俺自身だってことか?」
「そうです」
「なるほどな……」
「私も佐に感謝してくれます。あの時佐が告白してくれなかったら今の幸せはなかった。私にとって佐に出会えたことが奇跡なんです」
相手が佐じゃなかったらとか考えるだけ時間の無駄。
相手が佐だったから私は行動に出た。それだけの話。
「私は佐が好き……。それでいいじゃないですか」
「……ありがとう」
あなたが好き。
私が生きる上でこれ以上の意味は無くたっていい。
車は佐の家に着いた。
「じゃあな」
「また明日」
また明日ねって言えるあなたがいてくれる。
その事をかみしめながら私は家に帰った。
(5)
今日も来てしまった。
喫茶店青い鳥。
生まれて初めて好きになった女性がいる喫茶店。
カランカラン
「……いらっしゃいませ」
俺の顔を見てうんざりしたような表情を一瞬見せる彼女。
「ご注文はいつもので?」
「ああ、いつもので」
「かしこまりました」
そう言って伝票を厨房に貼り付ける。
俺はカウンター席に座る。
周りはいつもの人達渡辺班が占拠してる。
「あんたも結構粘り強いんだね?」
亜依先輩が言う。
「簡単に諦められるなら苦労はしない」
「まあ、そうだけどさあ」
「精々足掻くだけ足掻くのね。それをみっともないと思うものは渡辺班にはいない」
晶先輩が言う。
しかし俺自身少し悩みが出ていた。
これ以上彼女に付きまとうのは迷惑以外の何物でもないんじゃないのか?
「お待たせしました。コーヒーです」
彼女はそっとカウンターテーブルにコーヒーを置く。
手が震えている、カップがカチャカチャと音を立て黒色の液体が波打っている」
「本当に好きなんですね?コーヒー」
彼女がテーブル越しに話しかけてきた。
「まあね、ここのコーヒー美味しいよ」
「ありがとうございます」
「兄ちゃんありがとうな!最近毎日来てくれるけどあんたも酒井君達の仲間なのかい?」
厨房にいるマスターが話しかけてくる。
「ええ、最近はいりました、栗林と言います」
「どんどん増殖するね。一時は物騒な集団になっちまったもんだと思ったが最近はいつもの風景に戻ったし」
「そうなんですね」
「で、あんたは誰が好きなんだい?」
マスターが質問してきた。
答えに悩んだ。
正直に答えていいものかどうか。
北村さんも真剣に聞いてる気がする。
周りの皆も俺の一声を待っている。
隣の晶先輩は言えと言わんばかりに俺を見ている。
これでだめなら、俺は諦めよう。
「俺が好きなのは……」
注目を浴びる。
「北村美里さんです」
言ってしまった。
もう取り返しがつかない。
「おお~そうだったのかい!?二人とも付き合ってるのかい?」
マスターの容赦ない追撃。
「付き合ってません。付き合う気もないです」
皆の落胆の吐息が漏れる。
俺もため息を吐く。
初恋は上手くいかない。
覚悟はしていた。
「そうだったのか?もったいない?北村さんは栗林君のどこが気に入らないんだい?いい男じゃねーか?」
「興味ないからです」
「大学生なんでしょ?彼女くらい作ってもいいと思うんだけどね」
オーナーが言う。
「めんどくさいから結構です」
彼女の一言一言が突き刺さる。
こんな振られ方をしたのは初めてだ。振られた事もないし、告白したこと自体初めてなんだが。
コーヒーを飲み終わると俺はレジに向かう。
彼女がレジスタと奮闘している。
お金を払ってお釣りを受け取ると俺は踵を返して店を出る。
「また!」
突然彼女が声を張り上げる。
皆が注目する。
「またのお越しをお待ちしております」
彼女はまた来いという。
また来てもいいという。
意味が分からなかった。
今もう一度だけ、想いを伝えよう。
「北村さん、君が好きだ!」
彼女はその言葉に応えることはなかった。
俺は店を出た。
これからどうするべきか渡辺班に聞いてみた。
返事はすぐ返ってきた。
「もちろん通い続けるべき」
脈があるってことなのだろうか?
帰りの電車に揺られながら彼女の事だけを考えていた。
(6)
「俺が好きなのは北村美里さんです」
どうして私なんだろう?
バイトが終わると制服を着替えいつもの通りにジャケットにTシャツ、デニムのパンツに着替える。
そして鏡を見ていた。
今の私は彼にどう映っているのだろう?
化粧すらしてない私がどう見えているのだろう?
生まれて初めて告白を受けた。
「お前を嫁にもらってくれる男なんかいねーよ」
父さんに言われた一言。
そんな彼に浴びせた言葉は
「付き合ってません、付き合うつもりもありません」
冷徹な一言。もっと真摯に返事した方がよかったのだろうか?
しかし、どうせ断るなら二度目が無いように突き放した方がいい。
何度も同じ言葉を繰り返すのは億劫だ。
なのになぜ私は言ってしまったんだろう?
「またのお越しをお待ちしております」
また会いたいと思った?
電車に乗るといつもと変わらない景色を眺めながら想う。
いつもと変わらない景色がいい。
いつもと変わらない日常が欲しい。
なのに彼はとうとう私の殻を突き破ろうとした。
私は揺るがなかった。
本当に揺るがなかった?
また会えることを希望しているのに?
落ち着け。
私の立場は店員だ。
二度と来るなと言えるはずがない。
そうだ、仕事上当たり前のことを言っただけに過ぎない。
電車を降りると乗り場を変えて電車に乗り込み出発を待つ。
ちっぽけな街の片隅で私は思う。
仕事上当たり前の事……。
気が楽になる反面なぜか空しい自分がいた。
電車が出発する。
そして目的の駅に降りると空を見上げる。
濁った月がうかんでいて、汚れていってしまうぼくらにそっと空しく何かを訴えている。
月は今日もまた語りかける。
私が全てを無にしないように。
人は誰しもそんな強くないものだからこそ、今隣り合わせた人を思い遣る魂よ。
今日はコンビニと弁当どちらにしよう?
そんな事を考えながら歩く。
コンビニにした。
水とお弁当を買うと家に変える。
家はワンルームマンション。
いつもの光景が色あせて見える。
心が痛い。
私はこれからどうしたらいい?
これからどうするべきなのか?
それを渡辺班に聞いていた。
付き合えと言われるのを予想していたのだけど誰も何も言わない。
やがて一言返ってきた。
「泣きながら僕達は悲しみを抱きしめて行く。笑いながら僕達は新たな世界の向こうへと行く」
謎かけ?
私は悲しい人生を送ってきたの?
私が向かおうとする人生は幸せが待っているの?
その答えは誰も知らない。
自分自身で探し出すべきだという。
私は自問自答しながら、ご飯を食べてシャワーを浴びていつも通りの生活をして眠りについた。
(7)
「うぅ……」
家に帰った僕と愛莉は荷物の整理をしながらテレビを見ていた。
愛莉の作業の手は止まってスマホを見ている。
「冬夜君~意味分からないよ~」
愛莉が縋りついてきた。
僕は笑って答える。
「後悔先に立たずって意味だよ」
「ほえ?」
「いくら悔やんでもやってしまってことは取り返しが聞かない、どうなるかなんて誰にも分らない、なら笑って未来を受け入れようって意味」
「それならそうと分かりやすく言えばいいのに」
「ちょっと考えさせた方が良いと思ったから。愛莉先にお風呂入る?」
「冬夜君先でいいよ。私まだ片付いてないし」
「分かった。ちょっと入ってくるね」
そう言ってお風呂に入ると戻ってきたら愛莉が待っていた。
「いいよ、入っておいで」
「うん」
愛莉がお風呂に入ってる間、ゲームをする。
新作のソフト。
インパクトのあるストーリー。
つい夢中になってやってると。
ぽかっ
「冬夜君ズルい!私がいない間にゲーム進めてる!」
「愛莉こういうの苦手だったろ?」
「苦手は克服するものだもん!」
「そうだったね」
僕は笑う。
愛莉は容赦なくゲーム機をリセットする。
「愛莉何やってんの!?」
「ブーッです。私が見てるから最初からやり直し!」
「困ったお嫁さんだな」
「ゲームはやり直しが何回でもきくよ?」
愛莉はそう言って笑う。
僕はまた最初からやり始める。
僕の手が君の涙を拭えるとしたらそれは素敵だけど……。
君もまた僕と似たような誰にも踏み込まれたくない領域を隠し持ってるんだろう。
でもその領域に優しく入ってきてくれる誰かが必ずいるから。
だから勇気を出して笑顔で未来を受け入れてごらん。
もしもまだ願いが一つ叶うとしたら
そんな空想を広げ一日ぼんやり過ごせば月も濁る夜にひねり出した答えは……。
「好きだよ」
「ほえ?」
僕が生きる上でこれ以上の意味は無くたって良い。
「どうしたの急に?」
「今一番愛莉に伝えたかった言葉」
「えへへ~」
そう言うと愛莉はゲーム機の電源を切る。
「愛莉また何やってるの!?」
「今日はゲームの時間はお終い!明日から学校だし早く寝よ?」
愛莉はそう言ってベッドに入るとおいでと催促する。
「本当に困ったお嫁さんだな」
コントローラーを片付けると、テレビを消して照明を落としベッドに入る。
月は強く輝けとこの身を託され授かりし命に告げる。
悲しみの上にあった今を忘れてしまっては一体の誰の為であろうと語りかけた。
月は今日もまた語りかける。
僕らがすべて忘れてしまわぬように。
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