想いを胸に

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想いを胸に

(1) 「それじゃ乾杯!!」 渡辺君が言って宴の始まり。 今夜は冬夜君の激励会。 「冬夜よかったな。呼ばれて」 誠君が冬夜君に言ってる。 「まあ、前もって告知はされてたから」 冬夜君が誠君に答える。 おめでたい事はもう一つある。 「美里今夜くらい飲めよ!お前の初恋が実ったんだろ?」 美嘉さんが北村さんに酒を勧めてる。 「私お酒嫌いなんです。ていうか未成年にお酒勧めないでください」 「そうですよ、未成年なんですよ俺達」 「そんなの構うか!今夜は無礼講だ!」 「構います」 「私ウーロン茶で」 栗林君が美里さんをかばってる。やっぱり彼は正義の味方って感じだね。 「愛莉ちゃん」 恵美が私を呼んでる。 「どうしたの?」 「あれからどうなったのか気になって……」 ああ、なるほどね。 「変わらないよ大丈夫。いつも通りの冬夜君だよ」 私がいつも通り支えてあげるだけ。 「まさか、就職先も変えないつもり?」 「うん、運命と戦うんだって」 「そう……彼らしい発想ね」 きっと過去の清算を済ませよう。そう思ってるんでしょうね。と恵美は言う。 多分そうだと思う。 「翔太も飲めよ!伊織だって経験済みだぞ!」 「その語弊のある言い方止めなよ!それに僕今日車で来てるんだよ!皆道連れにしたいならするけど」 「美嘉止めとけ!冬夜を巻き込むな」 「ちぇっつれねーなあ。正志は」 「美嘉は俺が付き合ってやるから」 「しょうがねえ、正志で我慢するか?」 「旦那に向かてそれはないだろ?」 そう言て渡辺君は笑ってる。 この二人も仲がいいんだな。 「おい!そこの二人!何いちゃついてるんだ」 「そ、そんな事無いですよ!?」 「彼氏といちゃついて何が悪いの兄?」 誠君が千歳さんと高槻君に絡んでる。 「『はい、あーん』なんて十年早い。兄だってまだ神奈にしてもらったことないんだぞ!」 「なんだ、して欲しいのか?してやろうか?」 「ま、マジか!お願いします。」 神奈は口を開けて待っている誠君にぶりのかぶと焼きの目玉を入れようとする。 誠君は慌てて口を閉じて逃げる。 「なんだ、お嫁さんのあーんが口に出来ないってのか?」 「俺グロいのダメなの知っててやってるだろ絶対!?」 「好き嫌いしてるから駄目なんだよトーヤ見てろ。ほれトーヤあーん……」 冬夜君は口を開いて待っている。 うぅ……。 ぽかっ! 「神奈も人の彼氏になんてことしてるの!?」 「ちぇっ。愛莉いないから行けると思ったんだけどな」 「食い物に罪はないだろ!?」 「食べる人に罪があるの!」 油断も隙も無い。 「……晴斗もして欲しい?」 「マジっすか!?オナシャス!」 「あーん……」 ぱくっ 「美味しい?」 「マジ最高っす?」 「そんなに変わるものなの?私も試してみようかしら?」 白鳥さんが晴斗君に強請っている。 「はいあーん……」 ぱくっ 「……違いが分からない」 「まあ、誠先輩風にいうとロマンってやつっすね」 「……興味ない」 白鳥さんはあまり興味ないようだ。 「片桐先輩、正直に話してください。李相佰杯からの春季大会って連戦大丈夫ですか?」 「移動距離もそんなにないから大丈夫だよ」 冬夜君と佐倉さんが話している。 「ああ、皆聞いてくれ!この後2次会はカラオケで問題ないか!?」 「大丈夫っす」 「僕達は帰るよ」 「僕は……」 「冬夜君は帰るよね?」 「いや、でも主賓がいないのって……」 「帰るよね?」 「……はい」 物分かりのいい旦那様で助かるよ。 家に帰るとお互い風呂に入って明日からの3連泊の準備をしていた。 試合は明後日からだけど前日に泊まって練習をするのだとか。 私はその間ゆかりさんや由衣さんに東京を案内してもらう。 冬夜君は準備をすませるとさっさとベッドに入る。 私は自分の分の準備が済むと冬夜君の荷物をチェックする。 別に怪しいものが入ってるか?とかじゃない。 冬夜君はどうも収納の仕方が雑だ。 ちゃんとたたんで入れたらいいのに入れないからぎゅうぎゅうになる。 一度荷物を広げて整理して入れなおす。 「愛莉何してるの?」 「だらしがない旦那様の後始末だよ~」 「旦那様の相手はしてくれないのかい?」 「ブーッです。明日朝早いんだよ」 「だったら早く寝ようよ」 「きゃっ!」 冬夜君は私を抱きかかえてベッドに押し倒す。 飲み過ぎだよ、冬夜君。試合前にそんなんだとまた怒られちゃうよ~。 「愛莉~」 ……聞いてないようだ。 私はテレビを消して照明を消すと眠りについた。 (2) 「愛莉大変だ!チケットがない!」 「チケットなら鞄のここに入れてあるってば~」 愛莉がバッグのポケットから取り出す。 「だから整理整頓しようよっていったのに」 愛莉位注意されながらも搭乗手続き、手荷物検査を受けてロビーに行く。 案内のアナウンスが流れると僕達は飛行機に乗り込む。 愛莉も慣れているらしく機内放送を聞きながら本を読んでいる。 僕は相変わらず外を見ていた。 いつ見ても綺麗な空だ。 とんとん 愛莉が肩をつつく。 「いつもいつもよく飽きないね?」 「いつも雲の景色が違うだろ?変化だってするし」 「そんなの見とれてるの冬夜君くらいだよ」 「じゃあどうしたらいいの?」 「お嫁さんの話し相手になってくれるとかないの?」 話し相手か? 「愛莉今日東京見学なんだって?」 「うん、豊洲とか渋谷とか原宿とか案内してもらうの」 「迷子になるなよ」 「案内人が2人もいるんだから大丈夫だよ」 「夕ご飯は?」 「残念でした~冬夜君達と一緒だよ~。冬夜君私が見てないとすぐ暴飲暴食するって彩(ひかる)さんから聞いてるから」 彩め……よけいなことを。 「美味しい焼き肉屋さん連れて行ってくれるって。よかったね」 愛莉がにこりと笑っていう。 「焼肉か~楽しみだな」 「でもほどほどにだよ?」 「いやせっかくだし」 「ほどほどにね?」 「……はい」 着陸の合図がなる。 シートベルトをかける。 着陸する。 着陸の仕方で上手い人と下手な人が分かるらしい。羽田に着くと路線案内を見ながらホテルに行く。 ホテルのロビーにスタッフの人がいた。 「やあ、久しぶり。元気してた?仲良くしてた?」 「元気です」 「仲良しですよ~」 愛莉が腕を組んでアピールする。 「じゃ、取りあえず二人共チェックインして。部屋に荷物置いたらここに集合」 「はい。」 愛莉とチェックインの手続きをして、それぞれの部屋に荷物を置く。 そしてロビーに降りると皆待ってる。 「全く不祥事起こしやがって。監督頭抱えてたぜ。ここにきて重要瀬力を削ぐのかって」 「俺も今回は雄一郎に同意見だ。代表としての自覚が足らなすぎる。お前を代表に繋ぎとめるためにどれだけのスタッフに迷惑をかけたと思ってるんだ」 雄一郎と聖人から怒られた。 「その罰があるからいいじゃないか?」 彩が言う。 「罰って?」 「お前取りあえず初戦は控えだってよ」 まじかよ! 恐れていた事態が起こった。 「なんてな。ちょっとややこしい状況になっていてな」 この試合からオーストラリアが出場するらしい。 韓国とオーストラリアは友好国。 オーストラリアを応援する為なら韓国は何をするか分からない。 つまりまた温存と言うわけ。 「大丈夫、冬夜抜きで練習してきたんだ。何とかなるよ」 和人が言う。 その言葉に悪意は無いのだろう。 しかしその一言が傷つく。 もう僕に日本代表の居場所は無いのだろうか? 「今思ったこと全部抹消しろ。まずありえないから」 雄一郎が言う。 「お前は日本代表の最終兵器だ。必ず出番は来る。心配するな」 「試合の勘取り戻さないといけないとね」 和人が言う。 「喋ってないで早く練習!時間がないんだ!」 雄一郎が言うと皆練習を始めた。 個人練習をやってると監督たちがやってきて、5対5の試合形式の練習。 僕はBチームだった。 まあ、仕方ないな。 そう思って練習に臨む。 皆上手くなってるけどやっぱりそんなに変わらない。 聖人を見事に完封する僕。 10分経つとCチームと交代。 Aチームは出ずっぱりの練習。 Aチームは和人がSGに回って僕の代わりをしていた。 僕の代わりなんていくらでもいる。その事を実感していた。 練習は夜まで続き、そのあとホテルで食事。 女性陣も戻ってきたようだ。 7人で食事をしていた。 文字通り愛莉に制限されていた。 ぽかっ 「冬夜君食べ過ぎでしょ!」 「Bチームに降格されても余裕あるんだな」 聖人がいっていた。 「まあ、覚悟はしてたからね」 聖人に返す。 「冬夜君試合に出れないの?」 愛莉が心配する。 「仕方ないだろ?長い事留守にしてたんだ」 席がいつでも用意させられてると思うな。 言葉通りだった。 「でも絶対に冬夜は試合に出れると思う。だって五輪を考えたらここで冬夜の試合勘取り戻しておかないと勝ち進めない」 和人が言う。 「今日Bチームに入れられたのは冬夜のプレイを確認するためだよ。焦るなよ冬夜」 「わかってる」 僕は和人にそう返した。 「お前のプレイスタイルは変わってないよ。実際Bチームには負けっぱなしだったんだ。監督にも怒られたしな」 彩(ひかる)が言う。 「その通りだ、お前ひとりに翻弄されてた。俺もお前に完封されてたしな」 聖人が言う。 「成長したんだな。もっと自分を見失うと思ってたんだが」 彩が言う。 「彼女たちとゆっくり御食事?随分んと余裕なのね?」 そう言ってやってきたのはオーエスの記者さん。 「ちょっと取材させてもらってもいいかな。監督に許可は得ているわ」 「どうぞ」 聖人君が言う。 記者さんは僕を見て言った。 「久々に代表に帰ってきた感想を聞かせて欲しいんだけど」 「やっぱり地元大の練習よりはきついですね。余裕がない」 「他のチームメイトはどう思ってる?」 聖人たちを見て行った。 「やっぱりこいつの存在感は相変わらずだった」と彩。 「冬夜は代表には必要不可欠な存在だ」と聖人 「俺では冬夜の代わりはとてもじゃないけど無理ですね」と和人。 それぞれの感想を聞いて満足そうにうなずく記者さん。 聖人に質問する。 「ずばり明日からの3連戦片桐君の出番はあると思う」 「あると思います。チームになじまないとその先の五輪があるし」 「最後に皆に質問するわね。今度の意気込みを教えて欲しいわ」 「勝ちいきます。3連勝するつもりです」と聖人 「自分の存在をアピールするつもりです」と彩 「ここで躓いていたら五輪は話にならない」と和人が言う。 最後に僕が「試合に出れるように頑張ります」と言う。 「ありがとう、食事中にごめんね。片桐君は食べ過ぎに注意してね」 「私が見てるから大丈夫です」 愛莉が言うと記者さんは微笑む。 「なら安心ね。じゃあ、また明日会場で」 そう言って記者さんは立ち去った。 その後も記者さんが何人か取材に来た。 お蔭で食事が思い通りに出来なかった。 食事が終ると皆体育館に戻って練習していた。 シュート練習が主だ。 あと僕のチーム連携の練習を手伝ってくれた。 戦術がやはりきつかった。 脚を動かしてフリーを作り出すフォーメーション。 体に染みついていた戦術を掘り返していく。 それだけでは足りない。和人がSGを務めていた時のフォーメーションも身に着けていく。 一通り終わると練習は終わった。 そうして前夜が過ぎて行った。 (3) 片桐選手スタメン落ち。 スポーツ新聞に載っていた記事。 スポーツ新聞を買って読む。 やはり、すぐに戦術になじむことは出来なかった。 澤選手と哀田選手のコンビネーションを越えることは出来なかった。 今後もスタメンに入ることはないだろう。 すぐに愛莉に電話する。 「どうしたの神奈?」 「どうしたもこうしたも新聞読んだぞ!?」 「ああ、スポーツ新聞だね」 愛莉はケロッとしている。 「トーヤ試合に出れないのか?」 「監督さんに言われたんだって『お前には試合に馴染んでもらう。五輪も同じ構成で行くだろうから』って」 「どういうことだよ」 「スポーツ新聞の記者さん冬夜君の事嫌いみたい。昨日の取材も冬夜君の事遠回しに批判してたし」 「じゃあ、試合には出れるんだな!?」 「多分大丈夫だって冬夜君言ってた」 「そうか」 愛莉が言うんだから間違いないだろ。 「皆で応援してるからな」 「ありがとう、冬夜君にも伝えておく」 この日の試合冬夜はコートに立つことは無かった。 そしてスポーツ新聞が謳っていた澤、哀田ラインは機能せず。惨敗した。 地元メディアは大騒ぎ。 皆が期待していた冬夜は出てこず試合は惨敗。 代表チームを批判した。 トーヤ達も取材陣の対応にてんてこまいだった。 トーヤは飄々と流していたが。 今年の日本代表はどうなるのか? 皆がそう思っていた。 (4) 試合二日目。 私達は大学の視聴覚室で試合を見ていた。 やはり片桐先輩は控えに回っていた。 どこか故障した? 調整不足? 私がケアできてなかった? 私は自分の実力不足を呪った。 「仕方ねーよ。冬夜は代表を離れていたんだ。こうなるのは分かっていた事だろ?あまり自分を責めるな」 佐(たすく)は言う。 「さすがに今日は出て来るっしょ。2連敗は洒落にならない」 藤間先輩が言う。 「マネージャーって大変なんですね」 千歳さんが言う。 「そうだね。でも変に気負う必要もない」 高槻君が言う。 やはり試合は押されていた。 相手のゾーンに終始押されっぱなし。 哀田選手も3Pは持ってるけど相手のブロックを躱すほどの早さが足りない。 そしてシュート率も先輩に劣る。 SGが柿谷選手に変わる。 するとこどはインサイドへの侵入が弱くある。 DFが広がる。 澤選手もその隙をついてゴール下の3人にパスを送るけどやはり苦戦してるようだ。 シーソーゲームが続く。 2点差を追う展開。 片桐先輩はバッシュの紐を結んでない。 この試合出る気が無いのか。 第4Qになって監督が動いた。 片桐先輩に何か言ってる。 片桐先輩は靴ひもを結んでいる。 結ぶと立ち上がる。 ブザーが鳴る。 柿谷選手と片桐先輩が交代する。 皆が沸きたつ。 先輩は相手4番についた。 いつものパターンだ。 相手は何のためらいもなく4番にパスを回す。 片桐先輩は何のためらいもなくそのボールをカットすると相手コート侵入する。 そして素早く3Pシュート。 ゲームはあっという間に逆転した。 その後も4番は完全に片桐先輩がシャットアウト。 攻撃の起点を奪われた韓国チームは動揺する。 じっくり4番からのセットプレイは片桐先輩が許さない。 そして決められても先輩たちの速攻は止められない。 速攻を止められても先輩の出すパスは早く攻撃的で皆を引っ張る。 第4Qで試合は簡単にひっくり返った。 日本代表の圧勝だった。 (5) 三日目。 冬夜君はスタメンに出れた。 試合が始まる。 冬夜君のエリア内にパスは出せない。 相手4番を捨ててのサイドからの攻撃に移る。 それでも南選手と澤選手が両サイドを守り切るのだけど。 偶に入ってもそれは冬夜君のチームの理想のゲーム展開。 決められても冬夜君と澤選手のコンビネーションは完成していた。 すぐに3Pを打つ冬夜君。 冬夜君にマークマンが一人ついたくらいじゃ止められない。 だって世界一のSGと張り合うくらいの選手なんだから。 冬夜君は文字通りコートの中を縦横無尽に暴れまわる。 相手のゾーンディフェンスをかき乱し空いたチームメンバーにパスを出す。 試合は第1Qでほぼ決まっていた。 第2Qになると冬夜君のディフェンスが少し変わる。 4番についたままなんだけどボール保持者と4番の連携を完全に断つ戦術。 ボール保持者と4番の間に入りパスコースと視界を遮る。 オンザラインと言うらしい。 冬夜君がそんなことしたら4番仕事完全になくなっちゃうよ。 実際冬夜君は4番のボール保持を一切許さなかった。 4番はポイントガード、パスを出してゲームを組み立てるチームの司令塔。 その4番との連携を絶たれたらチームの動きはバラバラになっちゃう。 個人技で抜こうとしても南選手や澤選手が許さない。 流れは完全に日本代表に傾いている。 沸き立つブースター。 第2Qが終る頃には絶望的な点差にまで広がっていた。 冬夜君のプレイは攻撃よりもそのディフェンス力に真価があると誰かが言ってた。 冬夜君のスティールからの速攻が冬夜君のチームのリズムを作り出す。 スティールから速攻まで一人でやってしまうのが冬夜君なんだけど。 試合が終わる頃にはトリプルスコアにまで点差が広がっていた。 締めくくりは冬夜君のエアウォーク。 相手の心を折りにいく。 冬夜君がフルタイムで試合に出ることで歴史的圧勝を決めていた。 ユニバーシアード優勝は伊達じゃない。 その事を見せつける試合結果となった。 (6) 「皆よく頑張ってくれた。今夜は多いに祝おう乾杯」 監督さんが言うと宴の始まり。 宴と言っても私達は1次会が終わったら飛行機に乗って帰らないといけないんだけど。 「初日は試合ないんだし、後から合流でも問題ないだろ?」 「駄目。皆と約束したでしょ?帰ろうね♪」 「いや、でもこっちも折角ご馳走あるし」 「帰ろうね♪」 「……はい」 物分かりのいい旦那様で助かるよ。 「冬夜言ったろ?彼女の言う事は素直に聞いとけって」 藍井選手が言う。 冬夜君はいつも聞いてくれるよ。 たまに甘えて来るけど。それはそれで嬉しいんだ。えへへ~。 「それにしても第2試合の第4Qから圧倒的だったな」 澤選手が言う。 「アジア選手権の時より確実に進化してるよ。冬夜は」 哀田選手が言う。 冬夜君だって遊んでたわけじゃないんだよ。 監督さんが取材を受けてる。 「最初の試合片桐選手をつかわなかったのは?」 「ラフプレイを警戒して温存していた。それだけです。片桐は五輪に無事に送らないといけない。そう任せられてました」 「でも第2試合の終盤から使いましたよね?」 「使わざるを得なかった。まだ片桐一人に頼りきりの部分がある。全体的に強化していかないと」 「最後の試合は圧倒的だった」 「冬夜も練習を積み重ねていたようです。アジア選手権の時より格段とレベルアップしてる」 「では五輪では起用すると」 「あれだけの選手使わない手は無いでしょう」 監督さんはにやりと笑う。 「冬夜君今の聞いた?五輪で起用してくれるって……」 あれ?どこに行ったのだろう? 探していると取材陣に囲まれていた。 「愛莉も大変だね。凄い彼氏になっちゃったね」 ゆかりが言う。 「うん」 「今度会う時は五輪だね」 由衣さんが言う。 「……そうだね」 「その次がアジアカップか」 言えない。まだ言えない。五輪が最後になるかもなんて。 あ、そんな事言ってる場合じゃない。 取材陣をかき分けて冬夜君の腕を引っ張る。 「冬夜君そろそろバスの時間!」 「もうそんな時間?」 冬夜君はバスを見る。 「本当だ急がないと。じゃあ皆さんこの辺で失礼します」 冬夜君は取材陣を振り切り彩さんたちに挨拶をして会場を後にする。 今からなら最終便に間に合う。 空港につくと急いで搭乗手続きをすませて飛行機を待つ。 「次は五輪だね」 「そうだね」 「……本当にいいんだね?」 「……ああ」 飛行機に乗ると冬夜君は黙って外を見てる。 何か考えているのだろうか? 「愛莉」 「な~に?」 「東京見物どうだった?」 「ほえ?」 「色々見て回ったんだろ?」 「うん」 冬夜君に東京で見たことを全部話をしていた。 (7) 「無事に飛行機に乗れたそうです」 私が皆に告げる。 「そうか、明日から今度は久留米か」 渡辺先輩が言う。 「あいつの事だから久留米ラーメンの事しか考えてないだろうけどな」 神奈先輩が言う。 「でも今日の冬夜先輩まじかっこよかったっす!独り舞台だったっす!」 晴斗が言う。 「あいつにスポーツさせたら皆あんな感じだよ」 神奈先輩が返した。 「まあ、春季大会が終わったら盛大に祝ってやろう」 渡辺先輩が言うと皆が盛り上がった。 「桜子?どうした?」 佐が聞いてくる。 「いえ、先輩の本気でバスケしてる姿を見れるのも残りわずかなんだなって」 私は少し寂しかった。 「笑って送り出してやろう。その前に五輪で勝つことが大変だろうけど」 「そうですね」 どうして先輩はスポーツから逃げようとするのだろうか? 自分が立つべき場所。立つべき舞台が用意されているのに。 その割にバスケクラブがある企業に就職しようとする。 やはり先輩からスポーツは切れないものなのだろうか? 「考えたってキリがねーよ。全部あいつが決める事だ」 佐が言う。 「そうですね」 私に出来ることは五輪に無事に送り出す事。 それが最後の大仕事。 その前に春季大会の連覇。 まずはそこからだ。 「今日は朝まで騒ぐぞ!!」 「美嘉勘弁してくれ、明日は授業あるんだ」 「美嘉お前も明日仕事だろうが」 「私達はまだ若いんだ!徹夜くらいどうってことないだろ!?」 「だめだ!帰るぞ!」 「正志は最近つれねーぞ」 そんな事を言いながら結局午前様になるのだった。 (8) 家に帰りつくとお土産を遠坂家に渡して、家に戻りお風呂に入る。 その間に愛莉が僕の荷物を整理してくれてた。 「これで明日から大丈夫だよ~」 「ありがとう、愛莉もお風呂入っておいで」 「は~い」 家に帰ると瀬川税理士事務所から内々定の通知が来ていた。 もちろんETCからの内々定も来ていたが。 準備は整った。 あとは五輪で勝ち残るだけ。 どうしてこんなことになったんだろうな。 普通に大学生活を楽しむつもりだったのだけど。 遠回りしながらやっとたどり着いた大学生活の終着点。 あと一歩で届く。 スマホを見る。 おめでとうのメッセージで溢れていた。 僕のやろうとしていることはただの我儘にすぎないんだろうか? そんなの今更だろ? 自嘲気味に笑っていた。 自分で決めたばかりだろ? 後は五輪で勝つだけだって。 本当は逃げ出したかった。 五輪で負けてプロ入りする。 そんな逃げ道も考えた。 でも本気でやる。そう決めたんだから今更逃げるわけにはいかない。 それが更なる戦いにつながるとは思いもよらなかったけど。 愛莉にはああは言ったけどやはり不安だ。 「酷いよ冬夜君」 その言葉は今でも忘れない。 あの声、あの顔。今でもはっきり覚えてる。 その時誰かが僕の視界を両手で塞いだ。 犯人は一人しかいなけど。 「また一人で考え事してたでしょ~」 「お帰り愛莉」 「ただいま~」 愛莉はそう言うと髪を乾かし始める。 そんな愛莉を見てる。 愛莉に打ち明けた時怖かった。 愛莉にも同じことを言われるんじゃないかって。愛莉に浮気を疑われるんじゃないかって。 けれど愛莉は誰が反対しても愛莉だけは許してくれると言った。 本当にうれしかった。 「ふぅ、やっぱり長いと大変だね。またバッサリ切ろうかな?」 愛莉がそんな事を言ってる。 「お願い言ってもいい?」 「どうしたの?」 「愛莉は長い髪のままの方が良い?髪の色は派手じゃなきゃいいから?」 「うぅ、またボーカルの人と重ねてるでしょ」 「よくわかったね」 「そのくらいわかるも~ん。でもボーカルの人はボーカルの人。私はボーカルの人にはなれないよ?」 「分かってるよ」 「それならいいけど」 愛莉はそう言ってテレビを見始める。 僕は布団の中に入る。 「もう寝ちゃうの?」 「明日も早いしね」 「つまんな~い」 愛莉が駄々をこねる。 「帰ったら相手してやるから」 「そんな事言ってまた飲み会だよ?渡辺班の」 「そうだね。その後でいい?」 「うぅ……」 愛莉はテレビを消すと照明を消してベッドに入る。 「愛莉明日は早いから。それにつかれてるし」 「わかってる。何もしなくていい。こうしてるだけでいいから」 「……わかった」 愛莉の頭を撫でてやる。 愛莉は僕の腕の中で眠りについてる。 僕は最後の舞台へ進む準備をしていた。
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