動き始めた未来

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動き始めた未来

(1) 「じゃあ、冬夜君気を付けてね。ラーメンの食べ過ぎはだめだよ」 「遠坂先輩心配しないで。私がしっかり見張ってますから」 愛莉と佐倉さんがそんな話をしている。 愛莉さえいなければ問題ない! 「また毎晩電話するから」 「うん!」 そう言うと僕達はバスに乗り込み久留米に出発した。 久留米までの光景は慣れていたので途中で眠くなり寝ていた。 開会式には間に合ったようだ。 去年と同じ顔ぶれがそろっている。 「よう!韓国戦では暴れたようだな」 帆秋君だ。 「今年こそ勝って佐倉さんに交際を申し込む!」 意気込む帆秋君。 今年は僕達はシード権があった。 帆秋君達が勝てば二回戦で僕達と当たる。 佐倉さん達は相手にするのも馬鹿馬鹿しいと思ったのか素通りする。 「なんだ?勝負を放棄するのか!?でこ助!まあ、お前はどうせベンチだもんな?」 その一言が佐倉さんの逆鱗に触れる。 「佐の事なんて何も知らないくせに!あなた達なんて最初から眼中にない!いいよ、その挑戦受けてやろうじゃない」 「お、おい桜子……」 佐が宥めるけど佐倉さんの怒りが収まる様子はない。 「俺達の事も何も知らないくせに言ってくれるぜ。けど今約束したからな。後悔するなよ」 そんな喧嘩腰のやりとりで佐倉さんの心を掴もうというのが土台無理な話なんだけどどっちみち負けるわけにいかないのは当然だ。 僕達も初戦で敗退するために練習してきたつもりではない。 そんなもう結果の見えてる約束を取り決め彼等の初戦を観察することにした。 彼等の攻撃力は確かに上がっていた。 帆秋さんのドライブ力。薬師寺君のゴール下の支配力。門田君の3Pどれをとってもずば抜けていた。 だけど佐倉さんは見抜く。そして不敵に笑う。 他の試合も見て僕達は会場を後にする。 そして明日の試合のミーティングをホテルの会議室を借りてする。 ホワイトボードに書いてて説明する佐倉さん。 「相手の弱点はPGです。ポイントガードさえ封じてしまえば怖いものはない。明日はマンツーで行きましょう。片桐先輩がポイントガードの山田さんについてもらいます」 「攻撃はどうする?」 真司が言う。 「これまで通りです。アウトサイドから攻撃していってディフェンスが広がったところを狙ってインを突く」 「相手がマンツーできたら?今日みたいに」 「こっちの思い通りの展開です。片桐先輩を一人で止めるなんて不可能だから」 そして僕を放っておくことは絶対に相手はしてこないはず。と、佐倉さんは言う。 「藤間先輩いつも通りのリードでいいんです。強気のパス期待してます」 「任せるっす」 「……て思うんですけど監督どうですか?」 「佐倉さんの言う通りですね。うちは片桐君と言うアドバンテージがある。しかし彼を止めるために人数を策のは得策じゃない。とすれば藤間君を狙ってきます。藤間君はその時の対処法は出来てますね?」 「大丈夫っす!」 「いつも通りの皆さんでいい。成長した片桐君の分確実にレベルアップしている。そんな片桐君と共に練習してきた皆さんも確実にレベルを上げてる。自信をもって」 監督が言うと。会議は終わる。 会議室をでると部屋に戻る。 部屋は佐と一緒だった。 「いよいよだな……俺達の連覇をかけた戦い」 「そうだね」 「初戦で負けるわけには行かないよな」 「佐倉さんもかかってるしね」 その佐倉さんからメッセージが着たらしい。 佐はメッセージを見て笑ってる。 「あいつでも不安になることがあるんだな」と僕にスマホを見せる。 「絶対に勝ってくださいね。私まだあなたとやり残したことたくさんあります」 「大会終わったらデートでも行こうか?桜子はどこか行きたいところあるか?」 「佐といっしょならどこでもいい」 「映画でも見に行こうか?」 「はい、楽しみにしてます。あと片桐先輩にはこの事内緒ですよ!」 「もうおせーよ」 「……佐の馬鹿!」 僕も愛莉に電話してやらないとな。 「ちょっと電話してくる」と言うと佐は手を振ってこたえる。 部屋を出ると。愛莉に電話をする。 「もしもし~?」 「愛莉、僕だよ」 「分かってる~試合明日からなんでしょ?頑張ってね」 「ああ、そっちは何か変わった事あった」 「何も無いよ。いつも通り青い鳥でおしゃべりしてた~」 「そうか、家事はほどほどにしとけよ」 「麻耶さんにも言われた」 「じゃあ、ゆっくり休んでね」 「また決勝見に行くからね。それまで帰ってこなくていいんだからね!」 「負けられない理由も出来たしね?」 「ほえ?」 愛莉に佐倉さんの事を話す。 「うぅ……そういう賭けの対象に大事な女性を使っちゃだめだよ」 「そうだね」 「明日は頑張ってね」 「ありがとう」 「じゃあ、もう切るね」 「ああ、おやすみなさい」 そう言って電話を切る。 部屋に戻る際に一応ノックする。 「おう、冬夜か。入って良いぜ」 僕は部屋に入る。 「一々気を使わなくてもいいぜ?」 「一応ね」 「明日どんな試合になると思う」 「徹底的に叩きのめすよ。二度と同じ事が言えないくらいに」 「いうねえお前も」 佐はそう言って笑う。 「それだけうちもレベルアップしてるってことさ。それに2回戦くらいでてこずるわけにもいかないだろ?」 「まあそうだな。」 「じゃあ、明日に備えて寝ようか?」 「ああ、そうだな。」 そう言って僕達は眠りにつく。 明日の試合は全力で行く。そう心に誓って。 (2) 喫茶店青い鳥。 今日来てる渡辺班は中島君と遠坂さんと晶ちゃんと恵美さん、それに栗林君。 栗林君は楽しそうに北村さんと話をしていた。 北村さんも躊躇いながら栗林君と話をしていた。 「それで今度の休みの日にでも映画見に行かないか。前に言ってた刑事ものの奴」 「今度の休みは片桐先輩の試合の日です。大会の決勝の日皆で応援に行こうって言ってました」 「そうか。じゃあ、僕の車で行かないか?二人っきりで話がしたい」 「いいですよ」 「じゃあ、時間は何時に行けば良い?」 「それは私に聞くより……」 北村さんはそう言って遠坂さんの顔を見る。 「8時にはこっちを発つ予定だよ。集合場所はICそばのコンビニ」 「じゃあ、7時半頃には北村さんの家についた方が良いな。そんなに朝早くおじゃましてもいいかな?」 「大丈夫です。そんなに準備に時間もかからないし」 「わかった。けど片桐先輩たち決勝まで残れるの?」 「大丈夫だよ~冬夜君達去年優勝したし、それよりもっと強くなってるから」 遠坂さんが笑って答える。 「楽しそうですね」 一ノ瀬さんが羨ましそうに見てる。 また中島君が何かやったのかい? まさかまた車で走ってるとか言うんじゃないだろうね? 「中島君とはどうなんだい?」 人の事に口を挟む立場じゃないけど気になったので聞いてみた。 「彼変わりましたよ。とても仲良くなってます」 そう言うと胸をなでおろす中島君。 「人の事より自分の事を心配したらどうですか?連休結局バイト三昧だったんでしょ?」 「そ、そうだね」 「もっと自分の奥さん大事にしてあげてください。今度の休みいつなんですか?」 「片桐君達の応援には行くつもりだよ」 「ほら、なにも考えてない。二人でどこか出かけるとかしたらどうですか?」 「そ、そうだね」 「一ノ瀬さんの言う事ももっともだぞ酒井。明日でも休みやるからゆっくり夕食でも食ってこい」 マスターまで加担してきた。 「それはいいわね、じゃあ店は私が用意しておくわ」 「晶そう言う事なら協力してあげる。良い店知ってるわよ。和食の店なんだけど個室なの」 晶ちゃんと恵美さんが話をしている。 全力で嫌な予感がするのは僕だけかい? そんな僕の心配をよそに電話をして予約する晶ちゃん。 「お店の方はとっておいたわ。善君楽しみね」 晶ちゃんが嬉しそうにしてるのは良い事なんだろう。 「そうだね」 僕は笑って誤魔化した。 (3) 「僕だけど」 「おかえりなさいませ」 そう言って門が開く。 翔ちゃんのガレージまで3分ほど。 そう、私は翔ちゃんの家に来ていた。 今日家に帰ると翔ちゃんが待っていた。 翔ちゃんは家に上がり母さんと話をしていた。 どうしたんだろ? 翔ちゃんは私に気が付くと言った。 「あ、おかえり……恰好はそのままでいいや。今から家においで」 へ? 「どうしたの突然に?」 「母さんがどうしても会っておきたいっていうからさ。荷物部屋においてきなよ」 何があったのか分からないまま。部屋に戻ると荷物を置くと鏡を見る。 前もっていってくれたら美容室に行くくらいしたのに。 化粧あまりしてないけど大丈夫かな? 「伊織!急いで!」 なんでそんなに慌ててるんだろう? 私は不思議に思った。 ガレージに着くと屋敷まで歩く。 扉を開くとお世話係の人がスリッパを用意している。 「母さん居る?」 「今準備中です?」 「そう。じゃあ部屋で準備してるから済んだら教えて」 「かしこまりました」 「伊織行くよ。家の中覚えてるよね?そんなに変わってないから」 「う、うん」 翔ちゃんの部屋に入ると整頓された部屋に驚く。 「適当に掛けなよ」 そう言って翔ちゃんはテレビをつける。 翔ちゃんも隣に座ってテレビを見て笑ってる。 「ねえ翔ちゃん?」 「なに?」 「私はなにをしに翔ちゃんの家に来たの?」 「決まってるじゃないか?食事だよ」 「え?」 「母さんが手作り料理で僕の初めての彼女をもてなしたいんだって」 やっぱり着替えてきた方がよかったんじゃないだろうか? 白いシャツにベージュのフレアスカートを見て思った。 「そんなにかしこまる必要ないって?何も結婚の報告にきたわけじゃないんだし」 結婚……。 重くのしかかる二文字の言葉。 「翔ちゃんは将来の事考えてるの?」 「父さんの事業を継ぐと思うよ?」 「そうじゃなくて……」 「ああ、結婚の話?まだ考えても無いよ」 「……そうだよね」 安心したようながっかりしたような複雑な思い。 「考えてるって言った方がよかった?」 「え?」 「そう言うと伊織に余計な負担掛けると思って言わなかったんだけど」 てことは……考えてるの? 「ほら、そうやってまた表情が硬くなる。だから言わなかったんだよ」 「翔ちゃん、正直に答えて欲しい。考えてるの?」 「僕も上手く言い表せないけど今幸せの絶頂なんだ。上手く伝えられないけど。そんな中で考えない人がいると思う?」 「翔ちゃんはどうなの?」 「鈍いなあ。気づいてよ」 「気づいてる。でも翔ちゃんの口から直接聞きたい」 「何を焦ってるの?仮にも家に招待したんだよ?察してよ」 「逃げんで!!」 私は叫んでいた。 「……伊織が僕を選んでくれるなら僕は希望している。それが事実だよ。今すぐ返事が欲しいとは言わない。お互い学生だしゆっくり考えて良いと思う」 私は言葉を失った。 こんなサプライズがまっていたなんて。 気がついたら泣いていた。 「そうなると思うから嫌だったんだ。でも、もう遅いよね。伊織、今度指輪を選びに行かないか?」 「……はい」 私は翔ちゃんを受け入れた。 翔ちゃんは喜んでいた。 喜びのあまり私を抱きしめて「大好きだよ」と言ってくれた。 「私も好きだよ、翔ちゃん」 その時翔ちゃんのスマホが鳴る。 翔ちゃんは「もしもし」と電話に出る。 「あ、母さん?うん、わかった」 翔ちゃんは電話を切るという。 「準備出来た。父さんも帰ってきてるって。行こう」 翔ちゃんはそう言って手を差し伸べる。 「はい」 私はその手を握り立ち上がると。食堂に向かった。 大きなテーブルに並べられた無数の料理。 全部は食べきれない。 私達はジュースを翔ちゃんの両親はシャンパンを手に乾杯する。 「しかし伊織ちゃんが彼女になってくれるとはね」 「彼女じゃないよ?」 翔ちゃんの言葉に皆が注目する。 翔ちゃんは料理を食べながら言う。 「さっき婚約者に変わったから」 翔ちゃんの両親の表情が一変する。 私の父親は普通の電気工事士。 身分の違いがやはり翔ちゃんとの間に大きな壁を隔てる。 恋人と結婚は別問題。 私は緊張する。 「伊織ちゃんはどう思ってるの」 私には分不相応な存在。 でも、翔ちゃんは勇気を出して私に気持ちを打ち明けてくれた。 次は私の番。 「私は受け入れました。翔ちゃんのプロポーズを……」 そしたら翔ちゃんの父親は叫ぶ。 「だったらなんでもっと喜ばないんだい!?」 え? 「こんなに目出度い事はないじゃないか!翔太の結婚相手が見つかったんだよ!恋人すらできなかった翔太に!」 「あら喜んでいいのかい?」 翔ちゃんのお母さんが言う。 「当たり前だろ!うちの翔太はこんな不器用で何も取り柄が無いけど……よろしく頼むよ!」 「あ、でもうちの家は……」 「翔太。伊織ちゃんの家には挨拶にいったのか?」 「さっき伊織の母さんには話したけど?」 「なんて言ってたんだい?」 「うちの伊織をよろしくお願いしますって」 「じゃあ、何の問題もないじゃないか?何を気にしてるんだい?伊織ちゃんは?」 「私の家貧しくて、国公立大学しか選択肢がなくて……翔ちゃんとは身分差が……」 「身分の違いなんてナンセンスだよ。品格なんて後からついてくる。伊織ちゃんなら大丈夫だ。私が保証する」 私の考えすぎだった? 唐突に始まった宴が終ると私は翔ちゃんに送られた。 「大事なお嫁さん候補なんだ。粗相の無いようにな!」 「伊織ちゃん、また遊びに来てね。いつでも歓迎するから」 翔ちゃんの両親はそう言ってた。 「いきなりで驚いた?」 私は黙ってうなずいた。 「次は僕の番だね」 翔ちゃんはそう言うと私の家の前に車を止めて私の家に行く。 父さんが玄関に立ってた。 「話は母さんから聞いてる。翔太君表に出ろ」 父さんの威圧は拒否を絶対に許さない姿勢。 でも止めなきゃ。 「父さん翔ちゃんに乱暴は止めて!」 「伊織は黙ってみてなさい」 母さんが私を制する。 正対する翔ちゃんと父さん。 私は母さんと一緒に2人を見守っていた。 父さんが殴りかかる。 翔ちゃんは身構える。 父さんの拳が翔ちゃんの腕に拳が触れる。 「うちの自慢の娘だ。どうか幸せにしてやってくれ」 この日初めて父さんの涙を見た。 慌てる翔ちゃん。 「よかったね。おめでとう。伊織」 遠い未来を約束された瞬間だった。 (4) この日晴斗は休みを取ってくれた。 今日は映画を見に行った。 ファンタジーなCG映画。 晴斗の好みなんだろうか? 私に合わせてくれたのだろうか? 彼なりに悩んだ事は間違いなさそうだ。 ただ、彼はいびきをかいて寝てた。 そんな彼に羽織っていたカーデガンをかける。 映画が終って照明がつくと彼は起きる。 「お、おもしろかったすね」 「ええ、おもしろかったっすよ」 あなたの寝顔が……。 そのまま駅ビルで夕食を食べて別府に戻る。 今日はこれでお終いなの? 杞憂。 彼は別府を突き抜けて国東まで走っていく。 相変わらずやかましい、大音量のBGM。 それも彼なんだ。受け入れよう。 私は一人で笑っていた。 安楽。 安らかなる楽しみ。 彼のそばにいて得られるもの。 車は国東を一回りして帰ってくる。 彼は大音量に負けないくらい大きな声で喋っている。 そんな彼の声だけを静かに聞いていた。 「春奈、俺といてもつまんないっすか?」 「え?」 「いや、さっきから黙っているから。俺またなんかへましたんじゃないかって」 違うよ。 「晴斗と一緒にいるだけで安心するの。だから気が抜けてしまって静かに話を聞いてるだけ」 心配しなくていいんだよ。 「私は晴斗の話が好き。だから晴斗の声をただ聞いてるだけ」 私はここにいるよ。 「私は晴斗のそばに入れることが幸せ。だからそれ以上の物なんて必要ない」 「そう言ってもらえる俺は超幸せっす」 「私も幸せだよ」 願い。 ずっと続いて欲しい。 このささやかな幸せが。 静かに音を立てて走る車のように。 行きたいところに行ける時に行こう。 願うだけじゃ叶わない。 一歩踏み出す勇気を。 それを与えてくれた渡辺班。 これからも幸せを振りまいていくんだろう。 彼等を止めるものなんて誰もいない。 その夜は何も無いまま晴斗は帰っていった。 少し寂しかったけど仕方ない。 きっとチャンスはあるはず。 次の日が来る。 私はバスに乗って学校に通う。 山の中を揺れながら。 校舎を見て私はハッと気づいた。 窓に映る学校の校舎を写真を撮る。 それを晴斗に送る。 「私の学び舎だよ」とメッセージを添えて。 「すげーっすね。さすがAPRUっす!」 そんな彼の返信を見てひとり笑う。 こんな小さな喜びを積み重ねて平和な日々を積み重ねていく。 (5) 試合前の練習。 相手チームの派手なプレイに観客が沸く。 僕達は敢えて見ない。 派手なプレイをして応酬してやろうと思ったけどそれもしなかった。 静かにシュート練習を続ける。 練習が終わると、監督のもとに寄る。 「どんなことがあっても自分たちのプレイを信じて。こんなところで躓く皆さんではありません」 「自分のプレイを見失わないでください。できれば私を守って欲しい」 佐倉さんが言うと皆が笑った。 「じゃあ、大事なマネージャーを守る一戦勝ってきますか?」 真司が言うと雄たけびを上げる。 皆が配置につく。 ジャンプボールが放られる。 ボールを制したのはやはり相手のセンター。 ボールを受け取るのはあいてのPG。 僕がマークにつく。 やはりポイントガードは大したことない。 色々とフェイントを入れては来るが突破される気が全然しない。 腰高なドリブルのボールを僕の左手が掴む。 攻守が入れ替わる。 一気にトップスピードに入る僕のドリブルは相手の懐を掻い潜って相手コートに侵入する。 後から追いかけてくるのが分かる。 僕はブレーキングをして3Pを放つ。 先制したのは僕達だった。 プレイが再開される。 PGへのパスコースを完全に遮断する。 するとセンターにボールを送る。 センターはドリブルで突進してそのまま豪快なダンクを決めて。 「皆さん冷静に!落ち着いて!」 そんな佐倉さんの期待に応えるように速攻をしかける地元大。 僕がボールを受け取るとすぐに3Pを打つ。 攻守が切り替わる。 相手の攻撃の主軸はセンターのようだ。 恭太一人では抑えるのが苦しい。 真司がヘルプにつく。 するとフリーになった帆秋君にパスが通る。 帆秋君のダンクが決まる。 皆落ちついてる。大丈夫だよ佐倉さん。 流れはこっちにきてる。 このシーソーゲームが続くのうちの理想のゲーム展開。 3Pとダンクの打ち合いを続けていれば自ずと点差が開く。 向こうもそれに気づいてないわけじゃない。 ただ門田君の3Pを蒼汰が完全に阻んでいる。 「まさかそんなプレイでシュート打てると思ってないっすよね?」 蒼汰が門田君を挑発する。 挑発に乗った門田君がシュートを打つと後ろに控えていた真司が飛んでブロックショットを決める。 ルーズボールを蒼汰が拾うと僕にパスが来る、僕は躊躇わず3Pを打つ。 流れが完全に傾きかけたところで第1Q終了。 「もう少しでこっちの流れになったのに」 そうぼやく祐樹。 「皆さんここまでは完璧です。このまま油断しないようにしてください」 「良い流れです。このまま行きましょう」 監督と佐倉さんが言うと皆うなずく。 「冬夜のお蔭でスタミナに問題はないっす」 蒼汰が言う。 「片桐先輩はどうですか?」 「相手が相手だからね。楽させてもらってるよ」 「先輩気を抜いたら駄目ですよ!」 「わかってる」 第2Qが始まって早速相手が手を打ってきた。 門松君に変わって13番の見覚えの無い男が入ってきた。 13番は僕につくようだ。 蒼汰と僕の間に割って入るディフェンス。 ……。そういうことね。 僕達の戦術が変わる。 皆が一斉に走り出すとフリーの相手を作り出す戦術。 僕が攻撃参加しなくてもいいように。 東山監督が提案した戦術。 そこからはシーソーゲームと化する。 いや、ややこちらに傾いたままだった。 僕のスティールが決まってからの速攻は誰にも止められない。 加えて攻守共に奮闘する薬師寺君は足にきてるようだ。 身長2Mを越える巨体でリバウンドにダンクにダッシュ、足腰への負担は半端ない。 うちの高槻君が今それで苦労している。 差は縮まるどころか徐々に広がっていく。 そして第3Q試合は大きく傾いた。 薬師寺君がリバウンドに跳ぼうとした時だった。 薬師寺君は飛べずに膝を崩して倒れる。 それだけじゃない13番も早くもスタミナの消耗が見て取れた。 しかたない。僕と蒼汰を両方カバーするという事は両方を見ながら絶えず動き回るという事だ。集中力も体力も削がれる。 13番を引っ込め再び門田君を入れる別府の大学。 しかし3Pが一人は言ったくらいではどうしようもないくらいに点差は広がっていた。 そして第4Q東山監督が動いた。 僕と恭太を引っ込め佐と高槻君を入れる。 勝負はこの時点で決していた。 佐たちは僕達が稼いだ点差を縮めることなく守り切る。 地元大の圧勝で終わった。 悔しがる体力もなくその場に座り込む別府の大学チーム。 蒼汰たちにはまだ余力があるように見えた。 「まずは一勝だな」 真司が言う。 「よく頑張りました。この試合で自分たちがいかにレベルアップしたか分かったでしょう」 東山監督が言う。 「皆さんさすがです!でもこれで終わりじゃないですからね」 「当然すよ!まだなんか不完全燃焼って感じっす」 佐倉さんが言うと蒼汰がそう返す。 「燃焼させれなくて悪かったな」 「うわっ」 蒼汰が振り返ると後ろに帆秋君が言う。 「何か言う事があるんですか?」 冷徹な佐倉さんの一言。 「何もねーよ……完敗だ。そこのでこ助桜子ちゃんを幸せにしてやれよ」 「あなたに言われる筋合いはありません。すでに佐には幸せにしてもらってる」 「そうか」 帆秋君は俯いたまま顔を上げることなく去って行った。 控室に戻る途中女バスの皆と出会う。 「すごいじゃん九州1部リーグの別府の大学をあそこまで追いつめるなんて」 「今年もアベック優勝だね!」 女バスの皆が盛り上がっている。 蒼汰や恭平、真司たちが話している。 「みなさん、まだ終わりじゃないですよ。ホテルに帰って今日の反省会と明日の対策練らないと」 「その前に試合見て行かないとまずいんじゃないのか?」 佐倉さが言うと真司が言った。 「皆さんは決勝に備えて少しでも休んで体力を温存してください。3回戦や準々決勝で負けるチームじゃありません!」 相手の試合はデジカメで取っておくから少しでも休んでおけと佐倉さんは言う。 ならその言葉に甘えよう。 皆はホテルに戻った。 夕食後会議室で作戦会議が行われる。 佐倉さんが撮影したのをテレビで観ながらチェックしていく。 互いの動きや連携を確認していく。 そして監督から助言を得る。 「皆さんは去年の覇者です。その自信をもってください。そしてそれだけ周りからチェックされてると警戒してください。特に片桐君。君を自由にさせるチームはいないと思ってください」 もっとも片桐君を封じることが出来るチームなんてないでしょうけど。と監督は言う。 その晩佐が佐倉さんのマッサージを受けてる間に部屋を出て愛莉に電話する。 「もしもし冬夜君?」 「愛莉?今日は勝ったよ」 「うん、ニュースでやってた。ごめんね、おめでとうってメッセージ送るの忘れてた」 「その言葉は早いよ」 「ほえ?」 「その言葉は優勝した時にもらうよ」 生の声で 「うん、わかった~」 「そっちはどう?」 「変わりないよ~あ……あった」 「どうしたの?」 「如月君が伊織にプロポーズしたみたい」 まじかよ…… 「それはおめでたいな」 「でしょ~?」 「愛莉ごめんね?まだ言えなくて……」 「その事で謝るのは無しにしようよ」 「わかった」 「じゃあ日曜日絶対見に行くからね。帰ってきちゃダメなんだから」 「愛莉も浮気とかするなよ」 「うぅ……お嫁さんを信じてもらえないんですか?」 「ちょっと意地悪言ってみたかっただけ」 「じゃあ、またね」 「ああ、おやすみ」 電話を切ると部屋に戻る。やっぱりノックくらいした方が良いよな。 ドアをノックする。 「え!?片桐先輩!?」 佐倉さんが慌ててる。 「冬夜ちょっと待て!」 「ああいいけど」 どうしたんだろ? 「よし、入って良いぞ」 部屋に入ると何をしているのかすぐにわかった。 頬を赤らめてもじもじしている佐倉さん、珍しい姿を見た。 そして佐のシャツについてるリップのあと。 「……佐倉さんでもリップくらいするんだね。気づかなかったよ」 「な、何を言ってるんですか!?片桐先輩」 「お前、妙なところに鋭いな」 「まあね」 「じゃあ私戻ります。佐、片桐先輩に余計な事吹き込まないで!」 そう言って佐倉さんは慌てて部屋を逃げるように出ていった。 「やっぱりノックして正解だったな」 「最近練習ばかりほったらかしにしてたからな。その反動だろうな?」 「それは佐の責任だな」 「だな。大会が終わったらどこかデートに誘うよ」 僕も大会が終わったら愛莉とどこかにでかけてやろう。 最近構ってやれなかったのは僕も一緒だ。 「明日の試合は問題なさそうだな」 「そうだね」 「決勝はどこが勝ち残ってくると思う?」 「今年もダークホースがいるかもしれないけど……」 残ってくるとしたら熊工大? さっき試合を見ていて思った。 3Pシューターが入ってる。 何よりエースの4番が3Pシュートを打ってくること。 ポイントガードを押さえるかエースを押さえるか? 監督の采配次第か。 愛莉に見っともない試合は見せられないな。 「じゃ、そろそろ寝るとするか?鬼マネージャーが怒り出さないうちに」 「そうだね」 僕は眠りにつく。 どこが来ても負けない。 今のチームはそう言える自信がある。 泣いても笑っても最後の春季大会。必ず勝つ。 そう固く誓った。
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