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両想いとは
車の売却も決まり、引っ越し先の契約も無事に終えた。電気ガス水道の手続きも仕事の合間に終えて、その他諸々細かい手続きは休日に。すべて計画通りに進められて凄く気持ちがいい。
空になっていくステンレスの棚や木製の引き出し。日に日に部屋の隅に積みあがっていく段ボール。契約開始日まで余裕を持たせてよかった。
とはいっても、普段仕事でほとんど家にいない男の一人暮らし。新居に持っていく量より、捨てる量のほうが多いってどういうことなんだろう……。
「あとはキッチンだけか」
段ボールの組み立てを始めた手を止めた。代わりにゴミ袋を広げて、俺が選んだものではない調理器具やキッチン用品を入れていった。
物に罪はない。わかってる。今更、彼女と一緒に買いに行ったものだとか、感傷に浸るつもりもない。けれど、お前たちは俺にはまだ刺激が強すぎて、一緒に連れていけないんだ。
物に謝罪しながらゴミ袋をパンパンにする俺はおかしいだろうか。詰め終わると大きなため息を一つ。
「俺も大概どうかしてるな……」
引っ越し当日、朝9時になる直前、亮が手伝いに来てくれた。
「業者は何時にくんの」
「30分くらい。 国道が渋滞してて遅れるって連絡あった」
「じゃあ俺、新居に先回りしとくわ。 荷物積んだら管理会社が立ち合いにくるんだろ」
「うん、11時前には来るって言ってた。終わったらすぐ向かうよ」
「りょーかい」
「そっちの立ち会いよろしく」
「おう。 またあとで」
亮はじゃあなと軽く手をあげて、そのままポケットに入れた。
「あ、待って」
さっさとドアへと向かう亮を引き留めて、急ぎ足で近寄った。
「ん? どしたん」
「もう車ないし、あっちは駐車場の契約してないんだ」
財布からお札を数枚取り出し、亮へ差し出す。
「あー、なんだ。そんなこと。いいって」
「いや、よくないよ。せっかくの休日に手伝ってもらうんだし、すごい助かってるからさ。あ、時間貸しの駐車場はマンションの前にあるからそこ使って。その費用もここから出し……へっ」
いきなり顔を近づけてきた亮に驚いて思わず変な声を出して顔を赤らめた。
「颯ちゃんさー」
むっとした顔をしたと思えば、この至近距離で口角を上げ、俺から目を離さない。
「な、なに」
「俺の事なんだと思ってんの」
「りょ、亮は亮だと思ってる……違う?」
「ははっ、なにそれ」
「え? 違うか? だって亮は亮だろ」
「うーん、颯ちゃん正解すぎてつまんない。でも仕方ないから許してあげよう。だからこの金はいらん。ただでさえ引っ越しに費用かかってんだから余計な出費は増やさなくていいんだよ」
「でも……」
お金を受け取らずに行ってしまう亮を追いかけ、
「こういうことはしっかりしときたいんだ」
その背中に友人としての思いをぶつけた。
「なあ、颯太」
「受け取ってよ」
「俺にできることなんてたかが知れてる。 けど、何もできないわけじゃない。 お前のためならこのくらいなんてことないんだって」
振り返りもしない亮がどんな顔をしてるかなんてわからなくて、
「もっと頼れよ、な?」
詰まってしまいそうな声色に、お札を持つ手は下げざるを得なかった。
「亮……」
「じゃー、行くわ」
「ありがとう」
「ん、それでいい」
車を査定に出したあの日以降、どうも亮の様子がおかしい。
電話でいきなり好きだとかいうし、待ち合わせたカフェに行けば普段と変わらない態度をとる。元々冗談を口にすることが多い亮のことだから、思いつきであんなこと言ったんだと決めつけたけど……その後いきなり昼酒が飲みたいとか言い出すし、仕方なくコンビニでビールを買ってうちで飲むことにした。
問題はそのあとだ。俺も亮も酒に強いほうだと思う。なのに、あの日の亮はペースも早く自制する気なんて微塵もないといった様子で……
『てかさ、俺に返事はどうしたの』
一体何のことかと記憶を辿れば、
『俺、お前が好きだって言ったじゃん』
冗談だと受け止めた電話のことを思い返す。
『ははっ、どうしたのいきなり。亮には感謝してるよ』
『そんなこと聞いてんじゃないの』
『好きかって話?』
『そうそれ』
『そりゃ亮のことは好きだよ』
『よっし、俺たち両想いな』
両想い……?
『それってどういう……』
意味を問おうとしたのだけれど、当の本人は床に横になってあっという間に眠ってしまった。
一体なんなんだと口を尖らせて睨むも亮はそのまま朝まで起きることはなく。その寝顔がやけに無邪気で幼い子どもみたいに見えて、普段の口の悪さは何処へやら。そんなことを思いながら喉に流し込むビールは愉快だった。
荷解きも大方終わると、外は真っ暗になっていた。
「亮、あとは明日やるからもういいよ」
「んー腹減った……夜飯どーする」
「そういえば、近くに個人の居酒屋あったな」
「おお、それは素晴らしい」
「店頭の張り紙に地酒がどうのって書いてあった。 亮も明日休みなんだし、うち泊まってけば?」
俺は軽い気持ちでいつものように言ったんだ。
「ごめん」
「あ、用事あった?」
「俺さ、男は知らないけど、襲わない自信ないや」
「ん……?」
「だってさー、俺とお前両想いなんでしょ」
「んん??」
「あ、勉強したから知識は蓄えた。 任せてくれ」
んんん???
「あ、とりあえずさ」
困惑する俺を気にすることなく距離を詰めてくると、もう逃げ道はないと背中が壁にぶつかった。
「キス、したい」
「いや、ちょっとま……」
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