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採用面接
最初から嫌な予感はした。
履歴書と作文などの応募書類は申し分ない。本人写真がいささか、いやかなり険しい面構えをしているが人相はどうしようもない。どんなに目つきが鋭くて若干長めの前髪が陰影を作って余計に凄みを増していようが、引き結んだ薄い唇が凛々しさよりも不機嫌さを醸し出していようが、成人男性にしては多少小柄だろうが、そこは変えようがないのだ。
学歴と職歴は応募者の中で一番。国立の名門大学を卒業後、海外に留学。帰国後これまた誰もが知る一流企業に就職。経歴がずば抜け過ぎていて非常に場違いな応募者だった。こんな田舎の高校よりも彼に相応しい活躍の場は世界中にある。
そう、とても稀有で優秀な人材なのだ。
凶悪な人相さえ除けば。
写真映りが物凄く悪いのかもしれないという一縷の望みは面接会場に入ってきた本人を前にして木っ端微塵に打ち砕かれた。想像よりも背が低く引き締まった身体つきをしていることを除いて、実物はそのままだった。むしろ妙な気迫を感じない分、写真の方がまだマシだった。
何故、こんな男の採用面接をしなければならないのか。自分の不運を呪いたくなるほど、その男は怖かった。不採用を告げようものならしこたま殴られそうな気がした。
「まずは、お、お名前を」
裏返る声と詰まる言葉でなんとか面接を始める。が、男は不遜に椅子に腰掛けたまま微動だにしない。むっつりと押し黙り、こちらを睥睨する。
正確には、男の視線はこちら――の隣に座る夜光有人(やこうありと)に終始向けられている。それ以外は全く眼中にないようだ。こちらがいくら自己紹介と自己PRを促しても応じない。そもそも聞いていない。有人も有人で不思議そうな顔で男を見つめ返している。
もう嫌だ。わけがわからない。祟られるのを覚悟で訊ねた。
「あの……何か、ありましたか?」
男の眼に怒りが閃いた――その瞬間の出来事だった。
椅子から立ち上がるなり、床を蹴って跳躍。猛禽類のようなしなやかな動きに、息をつく暇もなかった。男は眼前にある長机に右手を着くと、それを軸にして華麗な回し蹴りを放った。
反射的に退いた有人だが、あいにく回避には至らなかった。蹴りを右肩に喰らう。鈍い、嫌な音がした。小さく呻いて有人は転倒。追い討ちを掛けるかのように、男は床に倒れた有人に飛びかかった。
「ひ、ひぃっ!」
意味を成さない悲鳴が漏れた。
「いいいいい一体、何を」
「うるせえ」
地を這うような声には凄みがあった。外野を黙らせてから男は押し倒した有人に向き直る。
「久しぶりだな」
馬乗りになった状態で見下ろす。挨拶にしては行動と状況がバイオレンス過ぎた。
「どちら様ですか?」
困惑する有人に、男は喉を鳴らして冷笑した。
「忘れたか。まあ、俺もずいぶん様変わりしたから無理もない」
だが、と付け足した途端に嘲笑は引っ込む。残るのは純然たる憤りーーと呼ぶのも生ぬるい。殺意に似て非なるそれは果てない憎悪だった。
「俺は忘れていない。お前が何をしたのか。何をしてくれなかったのか。死んでも忘れない。たとえ何回生まれ変わっても、決して忘れはしない」
無抵抗な有人の首に手を掛けて、男は囁いた。焦がれた恋人に向けるかのように情熱的に、積年の恨みを募らせた仇に向けるかのように陰鬱に。
「逢いたかったよ、前世からずっと」
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