宮野琥珀という女子高校生

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宮野琥珀という女子高校生

 宮野琥珀(みやのこはく)には生まれる以前の記憶があった。  いわゆる前世の記憶というものだろう。琥珀は、コルネ=ナイトレイという名の少女だった。  至聖神アニスを崇める国で、コルネは神殿の下働きをしていた。弟のアルトは王宮の医師。王の覚えもめでたく、姉よりもずっと優秀だった。  大切な友人もいた。賎民のコルネを差別せず、共に研鑽を重ねる同志として見てくれた。  神獣を始めとする雑多な獣や人間の世話で、日々の仕事は忙しかったが、投げ出そうとは一度も思わなかった。神獣や神官、聖女は世界を守る大切な存在だ。食事や掃除一つにしても彼らを支える尊い仕事だと、誇りに思っていた。  満ち足りていたはずだった。  そんなささやかで幸せな日々を壊したのはコルネ自身だ。何を血迷ったのかコルネは神殿で学んだ知識と体得した医術で命を奪おうとした。不遜にも至聖神アニスの『神獣』を毒殺しようとして、案の定失敗して、当然ながら処刑された。  何故、自分がそんな愚か極まりない行為に走ったのか、琥珀にはわからない。そして正直興味もなかった。終わったことだ。今さら足掻いてもどうにもならない。  琥珀は神も魔獣も奇跡もない世界に転生した。  超常現象がない代わりに科学技術が発達している国で、一般家庭の娘として生まれた。賎民であることを理由に蔑まれることも罵られることもない。命を奪うことも奪われることもない。父と母に愛され、琥珀は幸せだった。  前世の記憶など琥珀にとっては小説の出来事のように遠く、他人事だった。神獣や聖女が事実だと証明する必要もない。自分の記憶はフィクションであり、この世界に実在する人物、団体、事件とは一切関係ない。  そんな妄想よりも大切なことはたくさんある。寮の掃除当番、中間テストの結果、美化委員の仕事、年末ライブの抽選結果ーー命にかかわるほどの問題はなく、ただ平和で平凡な高校生活だ。平穏で少しだけ退屈な日々がこれからもずっと続くのだと、琥珀は信じて疑っていなかった。  あの転校生がクラスに現れるまでは。
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