転校生

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転校生

 文化祭も終わった二学期の半ば。中途半端な時期にやってきた転校生は、好奇の的だった。担任教師の小原香澄曰く「ご両親の仕事の都合」で転入したとのことだが、わざわざ全寮制の高校に入るのも珍しい。  壇上に立った男子生徒はクラスメイト達に頭を下げた。黒髪に中肉中背。ぱっと見にはこれといった特徴のない、一般的な生徒だった。太い眉にひき結んだ唇は頑固そうで、ともすれば不機嫌とも捉えかねない。愛想はあまりよくないようだ。クラス一同の視線を一身に受けながらも、全く臆する様子はない。  香澄が黒板に転校生の名前を書いた。 「佐藤幸助さんだ」  次いで転校生のプロフィールを軽く紹介する。ドイツからやってきたこと。両親はまだ海外にいるため、全寮制の高校に転入したこと。転入試験で大変優秀な成績をおさめたことなど。  淡々と語る担任教師の言葉は琥珀の頭を素通りした。  悪気があったわけではない。ただ琥珀の興味は別の所にあった。  琥珀の席ーー窓際の一番後ろからは裏庭がよく見えた。何やらせっせと作業をしている用務員の姿も。花壇で水をやっていたかと思えば、今度は身の丈の半分ほどもある大きなシャベルを持ってきて敷地の隅を掘り出した。苗木を植えるつもりのようだ。今は十月。何の木だろう、と琥珀は考えた。  願望でしかないが、金木犀だといい。裏庭には金木犀が一本だけ植えられている。幹は太く立派な樹木ではあるが、周囲には花もなく少し寂しそうではあった。  不穏な発言が飛び込んできたのは、琥珀が昼休みに植えられた裏庭の苗木を見に行こうと決めたその時だった。 「罪人を捜している」  琥珀は反射的に顔を壇上へと向けた。琥珀だけではない。隣の席のクラスメイトも頬杖をついていた手から顎を離して、転校生を凝視している。他の生徒も、担任教師の香澄も目をしばたいていた。  呆気に取られた一同に向かって、転校生の幸助は続けた。 「罪状は反逆罪。神殺しの禁忌を犯した大罪人だ。もう二度と生まれないよう至聖神アニスの名のもとに処刑したが、どういうわけか転生している」  よどみなく説明するがほとんどの者が意味を理解していないだろう。内容が荒唐無稽な上に『神』だの『禁忌』だの、完全にフィクションの世界だ。至極真面目な顔でファンタジー用語を並べて語る様には、異様な迫力があった。 「現世の名はわからない。前世の名はナイト、」 「佐藤さん」  香澄が自己紹介を強制終了させる。眉を寄せる幸助の肩に手を当てる。 「ちょっとよろしいでしょうか」  言葉とは裏腹に、有無を言わせない勢いで腕を引いて連行。呆然とする生徒達に「朝のホームルームは以上です」とだけ告げて教室から足早に出て行く。幸助を引きずって。 「なに、あれ……」  クラスメイトの一人が呟く。が、答えられる者は誰もいなかった。  神殺しに処刑に転生に呪い。ライトノベルやゲームならばまだしも、ここは現実世界だ。現代日本にそんなものはない。小学生でさえ知っている、この世界の常識だ。 「編入試験、優秀だったとか言ってなかった?」 「ありえないでしょ。ヤバいよ、あれ」 「金積んだんじゃねーの?」  咎める教師がいないのを良いことにクラスメイト達は好き勝手に言う。喧騒の中、琥珀は一人うつむき額に手を当てた。  クラスで琥珀だけが知っていた。転校生は至って正気で、嘘などついていないことを。  妄想でもファンタジーでもフィクションでもない。神殺しも処刑も前世も禁忌も実在するーー異世界ならば。異世界から転生した琥珀はそのことをよく理解していた。同時に佐藤幸助が捜している『大罪人』が自分であることも、琥珀は気づいていた。彼が言い掛けた「ナイト」とはコルネ=ナイトレイのナイトだ。 (え、いや待って)  おかしい。前世の記憶と齟齬がある。 (暗殺は失敗したんじゃなかったの?)  神獣を毒殺しようとしたかどでコルネ=ナイトレイは裁かれたーーそのはずだった。
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