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俺の幼馴染の願望が酷過ぎる
これは、ある日の学校帰りの話。
季節は冬本番。
マフラーや手袋といった防寒具を身に着けても吹き抜ける風の冷たさには抗えず、身体はフルリと震えてしまう寒さ。吐き出す息も白く凍ったかと思えば、それは直様空へと儚く消えていく。
その空はと言えば、既に日も傾いて、濃い藍色のカーテンに大部分を覆い尽くされていた。
宵の明星だけが寒さなど御構い無しとばかりに、夏と変わらず鋭く輝く。
そんな張り詰める様な凍える空気の中を、俺たちは談笑しながら歩いていた。
そしてそれが止み、数秒の沈黙が訪れた時だ。
「毛糸になりたいなぁ」
「……は?」
ゆったりしながらも突拍子もない言葉が響き、如何にも間抜けな声がそれに続いた。
今日はテスト期間前で部活動がないこと。
その割に帰りが遅いのは、図書室で勉強していたからという、実に真面目な理由があること。
同じクラスの神崎が、純の家に泊まるべく一緒に歩いていること。
それ以外は、いつも通りの帰り道。
そこに「毛糸になりたい」などと言う変な男が歩いていれば、訝しがるのも仕方のないことだろう。
しかもその男は、俺の真横を歩いている人物なのだ。そうなればこの距離である。聞こえなかった振りは難しい。
反応に困りながらチラリと見やれば神崎と目が合ったが、奴もまた意味が分からないと肩を竦めて見せた。
つまり真意は、本人に訊くより他はないということ。
だから俺は、不思議な願望を口にした当の本人に尋ねることにした。
「おい、純」
「んー? なぁに?」
幼馴染のソイツをいつもの様に呼べば、万年眠たそうにしている目がこちらを真っ直ぐ見詰めてくる。見慣れた目だがどうにも読めず気力を削がれるその目を、俺は負けじと見詰め返して訊いてみた。
「何だって毛糸なんかになりたいんだよ。全く意味が分からないぞ?」
問えば、神崎が「俺もー」と続く。
しかし問われた純は、それこそ意味が分からないとばかりに小首を傾げる。
そして数拍置いて、当然のことの様にケロリと言ったのだ。
「だって、こんなに寒いんだよ? でも毛糸だったら、ぬくぬくあったかいと思わない?」
――やはり分からん。
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