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「歩き難い! お前ら、良い加減に離せよ!」
などと暫く抵抗を続けている内に、自分たちの未来像が、ふんわり薄っすらと頭を過ぎる。
純と神崎。大人になっても、悪友として二人で俺を弄り倒すであろう光景が。
(最悪だ……!)
だけど同時に、悪くないとも思う自分が居るという矛盾。
こんな楽しい関係がずっと続いてくれるのならば、悪くない。それはとても嬉しいことだ。
自分からは絶対に口にはしないけれど、もし二人もそう思ってくれているとしたら、それはなんて温かいことなのだろう。
「因みに僕ね」
揉みくちゃにされながらも一人心の中でコッソリとほっこりしていると、その余韻は穏やかな声で無惨に断ち切られた。
「本当に毛糸になれるとしたら、女の子用の腹巻きか毛糸のパンツになりたいんだ。
赤ちゃんを産んでくれる大切な身体が冷えちゃうのは良くないからね」
「……」
「……」
要らない情報だった。
毛糸になりたい云々はまだしも、パンツになりたいと言い出すとは思わなかった。
純なりに思い遣りの心があるのだとしても、そんな因みには聞きたくなかった。
幼馴染がそんな酷い願望を抱いていたなんて、知りたくなかった。
『可愛い純君』という幻想を信じてやまない母と妹がこの場に居なくて良かったと、心底思う。それだけが、せめてもの救いだ。
例えば代わりに、こちらに向かって歩いて来た女子大生風なお姉さんには聞かれてしまった様子だとしても。
街灯から離れており薄暗さでお姉さんの表情はハッキリとは確認出来なかったものの、一瞬動きが止まり、すれ違い様に顔の角度が此方を向いていたのが分かった。
「……なりたいと思うのは自由だよな」
「……そうだな。思うのは自由だよな」
異端ではないかもしれないが、変態である。
通り過ぎたお姉さんの心境を勝手に想像して居たたまれなくなった俺たちが漸く紡ぎ出した言葉は、感情の籠らないものだった。
純だけが、全くブレずに語り続ける。
要らない情報を、更に添えて。
「なれないもの程、憧れるよね。
因みの因みに。僕、今日は腹巻きしてるんだけど見る? なかなか格好良い柄なんだよ」
そう言うと俺に荷物を押し付けて、腹の辺りをゴソゴソし始めた。
――え?
まさか、ここで!?
俺は半身が漸く解放された喜びよりも、純の突然の奇行に面食らってしまった。押し付けられた教科書やら何やらの重みのことなど、文句を言う前に一瞬で何処かに吹き飛ばされてしまう。
「イッスンよ」
出遅れた俺の代わりに、神崎が純の片腕を捉えてやんわりと制す。
「ここだと暗いから後にしような。どうしてもって言うなら、お着替えで万歳した時にでも見てやらんこともないから」
「おい、その止め方は変だろ。明るさの問題じゃない。公道で腹なんか出すなって話だ」
「ふむ……確かにそうだ。二人とも、お預けしちゃってゴメンね?」
「俺は別に見たくないからな」
押し付けられた荷物をお断りの意思と共に突き返してやれば、「残念」と視線を落とす純。俯かれると、周囲の暗さも相まって、何を考えているか分からない純の表情が益々読めなくなる。
俯かれるのはどうも苦手だ。悪い事をしてしまった気分になる。
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