道端の花

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 麻希は、義理の姉の言ったことのほとんどを知らなかった。その為、途中から、質問を入れて聞く余裕も無くなっていた。  「あの…、なんで私には何も伝えられていないんでしょうか?」 とても気になった。  咲子や兄、義理の姉がこんなにも苦労をしている。なのに私は、遙か彼方の東京で何にも知らずに呑気に暮らしていたのだ。そう考えると、胸が締め付けられた。  「それは…。やっぱり私の口からは、言えないわ。」  言葉を濁した。  もしかしたら、私はこの家の血が流れていないのか…。そんなことが脳裏を過ぎる。  しかし、そんなことはないはずだ。  一度父と母の喧嘩が頂点に達した時に離婚が視野に入った。その時に、家族みんなDNA鑑定をしてもらった。  私と母と父は家族であることをきちんと見せてもらっている。証明されている。  「まだ何か隠していることでもあるんですか?」  ここは、冷静に言う。変な印象を植え付けないためだ。  「私と翔さんもうそろそろ離婚するの。」  「えっと…」  全身の筋肉が一気に硬直した。こんなにその言葉が自分に当てはまることなんてあるんだというぐらいに。  「っていうのは、勿論冗談。」  義理の姉は、ニコッと笑って見せた。  「そんなに不仲じゃないわよ。まぁ、彼方が浮気とか不倫とかしたら、一瞬で別れるでしょうけどね。」  ゾクゾクっとした。背筋が、こんなに震えたことは、なかったというぐらいに。  「ねぇ、聞いていい?」  こちらの話はまだ終わっていないのだが、と思ったのだが、これ以上切り込んでも無駄だと理解した。  特に自分語りが苦手な訳では無いので、兎に角、誰か口を割ってくれる人が来るまで、義理の姉の頼み事を聞くことにした。  「前に言ってた、あの男の子とは、あれからどうなったの?あの…翔さんに似てるって言ってた…。」   お酒が入っていないのに、テンションが高すぎてついていけない。麻希も、テンションが低い方ではないのだが…、と思う。  「…ああ、三島のことですか。…別れました、つい最近。」  少し顔が暗くなった。  「そうなんだー。なんか勿体ない。」  「そうなんです。勿体ないことはないですけど。」  「あまり聞いちゃいけないと思うんだけど、なんで?いや、言いたくなかったらいいよ。」  「理解できないんです。私、その人についていけないんです。」  「どんなところが?」  どんどん切り込んでくる。というか、義理の姉の送信ミスのせいで、誰にも東京で1人の友達にも愚痴をこぼせなかったのだから少しぐらい甘えても、バチは当たるまい。  「1人っ子なんです、あっちが。」  「分かるかもしれない。偏見かもしれないけど、1人っ子って、甘めに育てられてるからね。性格が少し気にそぐわない人が多いというか…。私もほら、三智一人っ子だから、親の気持ちも分からないでもないけどね。」  「そんなこんなで少し合わなくなっちゃって。」  何故か涙がポロポロ溢れてきてしまう。  「あれ、麻希ちゃん。もしかして、そこまで言って未練たらたら?」  「違う…はずです。」  「はずって何よ。自分に正直になりなって。もう若くないんだから。学生とか漫画とかみたいな恋愛って喜んでる場合じゃないでしょ。結婚適齢期逃すわよ。」  今日の義理の姉は自棄に相談に乗り気である。  《ケッコンテキレイキ》その言葉が心に重くのしかかる。  女性は30を超えたら結婚できなくなるとか言われている。子供が産まれにくくなるからだという。  まるで、女性のことを子供を産むだけの機械としか思っていない様な発言だ。少し、いや随分と気にくわない。  そんなんだから、数年前に医学部の入試に男女差別があったり、未だに女性の出世があまり実現されていないのだ。  ちなみに、兄と義理の姉の結婚式は、結婚適齢期の、ど真ん中で行ったらしい。兄が周りの人も皆結婚式を挙げているのだと言っていたのを覚えている。それが何歳だったかは、覚えていないのだが。  「お義姉さんと、お兄ちゃんってどんな恋愛したんですか?」  今日の義理の姉は、機嫌がいい。さっき言えないと言われた話以外なら、なんでも言ってくれそうだ。  「なに、自分の話よりもそっちの方がいいわけ?」  言葉に起こすとなんか怖そうだ。しかし、顔は笑っている。聞かれて喜んでいるとも取れる表情だ。 「いや、どんなんだったのかなぁと思って。あのお兄ちゃんが恋愛しているところとか全然想像出来なくて。綺麗なお義姉さんのことだから、お兄ちゃんが、恋に落ちたんでしょうけど。」  少しゴマをすってみる。  「そんなんじゃないでしょ。翔さんは、いい恋愛をさせてくれたわよ。」  いい恋愛ってなんだろうか。  結婚まで漕ぎつければどんな物だっていい恋愛だと、いつか友達が言っていた。その友達ももう今では一児の母だ。  そんなのなんか…、夢も希望もない現実的な…。これ以上は言えない。きっと今の世の中には、そうでない人が多いから。  そんなこんなをしていると、義理の姉の携帯がピロロローンと鳴った。  「あ、咲子ちゃんだ。出ていい?」  麻希は、コクリと頷いた。  「咲子ちゃん?うん、あーそうそう。うん、まだ帰ってない。今日、こっち寄らない?うん、麻希ちゃんが来てて。うんうん。あー、そうなの。でもさぁ、うんうん。来ればいいじゃん。そんなこと、後でどうとでもなるでしょ。じゃあ、待ってるね。」  義理の姉は電話をすると、少し声が高くなる。だから、今回も声が高いが、別にそこまでテンションが高いという訳ではないのだろうか。  スマホを机上にポトリと置くと、義理の姉は、顔を麻希に向けた。  「咲子ちゃん、こっちに来るって。」  「無理矢理ですよね?」  少し顔を強張らせた。待ってるとかいうことを言ってすぐに、電話を切ったということは、相手の返事を待っていなかったということだ。  「いや、でもさ。折角、麻希ちゃん帰ってきたじゃん。ここで会わないと、後悔するかもしれないよ。」  「後悔って少し大袈裟じゃないですか?だって病気なのはお母さんだし。」  「それもそうだけど。咲子ちゃん忙しいじゃん。」  咲子に会いたくないわけではない。会って話をしてみたいという気持ちは心のどこかには、ある。何せ、ひいお婆ちゃんの葬式以来、一度も会っていない。  「彼氏のことも、聞かせてもらおうじゃないの。気になるんでしょ。」  「いや、仮としてでも咲子の姉なんで。知っておく分に損はないかと。」  そんなこと言いながら、心の中では、咲子のことを心待ちにしていた。
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