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三日月の意味
それから一年が過ぎたある日、父方の伯父が亡くなった。父の一番上の兄で独り身だった伯父は、祖母が亡くなった後、実家で一人で暮らしていた。
そんな伯父の家族葬を済ませ、そして、この残された古い家の処分について親戚で話し合われた。結局は、不動産屋に入ってもらい、その家を取り壊し更地にして駐車場として使う事に決めた。
まだ大学生だった私は、伯父と祖母の遺品整理の手伝いに駆り出された。業者の人間の中に身内は私一人で、仕分けの権限を全て任されていた。
でも、ほとんどが捨てる物だ。何か価値がある代物は、私より業者の人達の方が詳しくて、私はそこにいてくれるだけでいいらしい。業者の人達は、私の監視の下、丁寧に仕分けをしてくれた。
「畑の先にある納屋の方を見ていただけますか?」
私が台所の要らない物をビニール袋に詰めていると、外の担当の人がそう声をかけてきた。
「納屋ですか?」
この家はとにかく庭が広かった。庭というより半分は畑だ。家庭菜園というには規模が大き過ぎる。私はそんな場所に納屋がある事すら知らなかった。担当の人に案内されて古びた建物の前に着いた途端、急に胸が苦しくなった。
頭の中に、あのノートに箇条書きに書きなぐった単語の数々が浮かんでくる。そう、この場所には見覚えがあった。あの奇妙な夢の舞台がこの場所だった。
担当の人に先に帰ってもらうと、私は、その納屋の前でしばらく立ち尽くす。何だか怖い。でも、心の奥の方は夢の中と同じ焦燥感でいっぱいだ。
私は心を無にした。すると、涙がとめどもなく溢れ出る。そんなぐしゃぐしゃの顔のまま納屋の引き戸を開けた。
納屋の中は、手前の方は、農作業をするための道具が整然と並べられている。きっと、伯父が几帳面だったのだろう。手前の空間は本当に綺麗だった。
でも、私は分かっている。整然と片付けられた土間の向こうに、何かがある事を。
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