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小さな納屋は、手前の空間と奥の空間がサッシのような窓で仕切られていた。その窓はきっと後付けしたものだろう。古びた納屋の中でその窓だけが新しく感じられる。それは戸惑うほどアンバランスで、その先の雑然としたぐちゃぐちゃな光景はもっと心をざわつかせた。
窓を開けた途端、私の感情は私のものでなくなった。私はデジャブのような不思議な感覚と、それよりも自分の意識が自分の身体を離れていくのを実感した。
私は今、祖父の忘れ物を必死に探している。祖父がこの世に残しておくべきではなかった物を。
そして、私は探しながら、それが何なのかがもう分かっていた。それが何で、どんな想いが込められているのかも。
数十年も前のカビ臭いガラクタの中に、その探し物は当たり前のように置いてあった。まるで、私が探しに来るこの日を分かっていたみたいに。
漆塗りの真っ黒い箱だった。その立派な箱の蓋には三日月の模様が描かれている。漆黒の闇夜に浮かぶ三日月のようで、私はそれだけで胸が苦しくなった。
そして、その蓋をそっと開けてみる。その漆塗りの箱の中には、たくさんの手紙の束が入っていた。
その手紙は祖父が恋人に宛てたものだった。
勝田三郎様宛の手紙と、勝田三郎さんから祖父に宛てられた手紙と、その長方形の箱の中にぎっしりと詰まっている。
私は切なくて苦しくて嗚咽が止まらない。溢れ出る涙でその手紙の文字を読む事ができない。
祖父が苦しんだ理由は、この手紙が物語っていた。生まれながらに男性しか愛せなかった祖父。でも、そんな事が絶対に許されない時代。
私はその手紙の束を握りしめ、大きな声で泣いた。だって、私も女性しか愛せない。以前、別れた恋人ももちろん女性だった。
祖父は同じ感情で苦しむ私の事を知っていた。だから、五十年以上も私の事を待っていた。
私は、私の意思ではなく、私をつき動かす誰かの存在に全ての感情と体を委ねた。その誰かは、漆の箱を新聞紙でくるみビニールのゴミ袋に入れると、玄関前に停めてあるゴミで満杯になった業者用の軽トラックにその袋を投げ入れた。
その途端、私の中から何かが消えた。確実に、ゆっくりと。
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