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三日月と過去
子どもの頃、私は、祖父の遺影を見るのが怖かった。
それには理由がある。その遺影の中には私と同じ顔があったから。親戚の皆に生き写しだと言われるほど、私はその祖父にそっくりだった。
父方の祖父は、九歳を筆頭に三人の子どもを残して、若くして亡くなった。三十二歳だった。死因は子供の頃は知らなかったけれど、どうやら自殺だったらしい。多分、きっと、そんな憂鬱な理由のせいで、幼い私は何かを感じ取っていたのかもしれない。
私は年を重ねるごとにますます祖父に似てきた。女の子なのにこんなに似るなんて不思議と、祖母はちょっとだけ気味悪がった。でも、思春期を迎えた頃から、私はその気味悪さを自覚していた。私の中に祖父がいる。そんな漠然とした、でも確信に近い何かをいつも抱えていた。
意識的に、夜の空を見上げる事なんてまずない。でも、たまに、無意識に見上げてしまう日は必ず三日月の夜だった。そして、その日は金縛りという奇妙な現象を体感する。金縛りがこれなのかは分からない。だって、この金縛りには決まって同じ夢が付いてくるから。怖くもない焦燥感だけを伴った不可解な夢が。
ある夜、私はその三日月の夜に見た夢の記憶をノートに書き写した。
場所は薄暗い木造の建物の中、古びたカビの匂い、倉庫、年季の入った物や家具、整然、奥は乱雑、小さな窓、漆塗り。
私が三日月を認識してその夢にたどり着く夜は、年に一、二度で、その度に、夢の内容を箇条書きで書き溜めた。
そんな風に文字に残すようになった頃、私は祖父の存在を近くに感じるようになった。この夢を見ているのは私じゃない。この夢の視線の主は祖父に違いない。数を重ねるごとに私はそう強く確信した。
その頃の私は、見た目はもちろん、話し方や歩き方、小さな仕草まで祖父に似ていたらしい。祖父をよく知る祖母や伯父たちは、今度は私の人生を案じはじめる。だって、祖父は自ら命を絶ってしまった人間だから。
遺影の祖父をジッと見つめると、モノクロの写真に色が付いて見えた。 祖父はきっと何かを私に託している。色味が付いた祖父の顔はまるで今の私を鏡に映しているようで、その何かを早く突き止めたいと私の中で焦燥感だけが空回りする。
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