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写真とともに生きる彼女
僕の彼女は写真家だ。
そこそこ有名で写真家として生計を立てられるくらいには稼いでいる。平日も休日も関係なくいつもカメラ片手に行動している。デートの時でさえ、彼女がカメラを手放しているところを見たことが無い。まさに彼女は生粋の写真家だと思う。僕はそんな彼女を尊敬しているし、好きだと思っている。
ただ、それでも僕は写真というものに興味を持てなかった。
彼女にはいろいろなことを教えてもらったし、家電量販店までカメラを買いに行ったこともある。それでも僕は写真を撮ることに興味を持てなかった。彼女の好きなことを好きになりたいのは本心だったが、どうしてもあそこまでしてカメラを構えようと思うことが無かった。写真は良いものを撮ろうと思えば思うほど難しく、繊細な技術が求められる。シャッター角度を考えて、ピントを合わせて、被写体が動くものであればシャッターチャンスまでじっと待たなければならない。それでも撮れるのは一枚の写真だけ。
僕はたまにスマホで記念撮影するくらいでいい。
今日も彼女とのデートは彼女のカメラも同伴だった。デート終わりに彼女の要望で山道をドライブすることになった。目的は夜に光る待ちの夜景らしい。山道は途中から雪道になり雰囲気をガラッと変えた。冬の山は高度が高くなるほど雪が残りやすい。人里離れて随分と走った。彼女は助手席でカメラを構えてはファインダーから見える街の景色を確認する。行き帰りの二車線の公道から少し開けたパーキングが見える。空いたスペースに車を止めると彼女は颯爽とドアを開けて飛び出す。彼女が忘れた手袋を持って、僕も駆け足で後を追う。
彼女は既にカメラを構えて何度もシャッターを切っている。
「どう?素敵な写真は撮れた?」
僕はあまりにも真剣な彼女の横顔に普段はしない質問をする。
「どうかしら。」
彼女の答えとは言えない返しに、僕は質問が良くなかったのかと思ってそれ以上は聞かない。
「こんなに寒いのに手袋するのすら忘れて。寒いでしょ?」
代わりに僕は手に持っていた彼女の手袋を渡す。
「ただ撮りたかったの。私の見るこの景色が刻一刻と変わってしまう前に誰かと共有したかったのよ。」
彼女は先ほどの僕の質問の答えを考えてくれていた。
「そんなに綺麗な景色なの?」
僕は嬉しくなって質問を続ける。
「綺麗かどうかは関係ないわ。たとえそれが誰かにとっては汚らしいものであっても私は私の見る景色を知って欲しい、見て欲しいと思う。……あなたへの私の想いを、あなたに感じて欲しいみたいにね。」
彼女はカメラを構えたまま、そんなことを言うもんだから、僕は少し照れ臭くなってとぼける。
「写真ってそういうもの?」
彼女はこっちを向いてニコッと笑みを浮かべる。
「ええ。あなたならきっと分かってくれるわ。」
僕は恥ずかしくなって目を逸らしてしまう。
ビューと冬の寒さをのせた山風が吹く。
「さむ~い。撮りたい写真は撮れたから車に戻りましょうか。」
彼女は寒そうに両手で体をさすりながら、車へと歩き出す。
「ちょ、ちょっと待って。」
僕は彼女を呼び止める。
呼び止めたにも関わらず黙ってしまった僕に、彼女は不思議そうに首をかしげる。
「……どうしたの?」
「カメラ、貸してくれないかな?」
そう言って僕は彼女からカメラを借りた。
カメラの使い方は彼女から教えられて一通り憶えていたからピントと絞りを調節して、被写体に向けてレンズを構えた。
カシャッ
撮影された一枚の写真がカメラのディスプレイに表示される。
「どうして私を撮ったの?」
キョトンとした顔の彼女が僕に尋ねる。
「……見る?僕の見る景色。」
僕は彼女の方にカメラのディスプレイを向ける。
彼女は僕がようやく写真の素晴らしさに気づいてくれたのかと喜んでディスプレイを覗き込む。
そして彼女は何かに気づいたようでハッと息を漏らして僕を睨む。
「口で言ってくれればいいのに~。恥ずかしい。」
そう言って彼女は頭にのっていた落ち葉を振り落とす。
そのまま彼女は怒って車のあるパーキングへと戻っていってしまった。
僕はもう一度ディスプレイに映る彼女を見つめる。
「僕のこの気持ちも感じてくれてるといいな。」
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