外部発注。

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「いきなり、そちらの方々に寝床を襲われたのでねぇ。あたしが寝間着しか着てないのは当たり前の話でしょうよ」  青年は寝間着をそそくさと脱ぎ、緩くなった(ふんどし)を引き締めて、就寝中の自分を拉致するために夜中に襲撃してきた中将の配下だろう、あとから扉を開けてドカドカと入室してきた佐官を指揮官とした海軍尉官と下士官の一団を、まことに恨めしそうな顔をしながらついっと舐めるように眺めた。 「褌一丁とはセクシーだね。ここはいつから陰間茶屋(男娼相手の遊び屋)になったのかな?」 「あなた、以前その遊びはやめると言ってなかったですか?」 「男も女もこよなく()でれる(たくま)しい男になるのが幼い頃からの夢なんだよ」 「それは、ひととしての逞しさとは違います。性豪なだけですよ?」  佐官、いや中将の直接の部下らしい海軍大佐の階級章を肩に付けた(いか)めしい男が広げてくれた風呂敷の中身は、青年の自宅から持ってきたらしい少し黄ばんだ立襟(たてえり)シャツと、生地がヨレヨレの綿製薄紺色の羽織物と、もとは瑠璃色(るりいろ)だったらしいひしゃげた中折れハット帽に豚皮製の安い黒ブーツという、貧民街でお洒落(しゃれ)さんを気取っている勘違いさんたちがよく着こなしている代物たちであった。 「ちみさ、そういやドブ板通りで探偵の真似事をしているんだってね?」 「ええ、まあ」 「喰えてるかい?」 「いや、まあ…」 「報告通り(ろく)に喰えてなさそうだね」 「あたしが知らない間にまたそんな探偵みたいなマネをしてたんですか」 「ちみも探偵でしょ?それくらい察しなさいよ」 「‥‥」  反撃出来ない青年の周辺を(ひそ)かに探索していたことをあっさり明かした中将は、その役目を担っていたのだろう大佐に目配(めくば)せして、着替え終わって中将の正面の席に座った目の暗い青年の前に、芙蓉海軍の公式書類の束と数十枚の白黒写真を並べていった。  そして厳重に分厚い上に細い鎖で幾重にも巻かれたアタッシュケース。  これら三点の軍事的に重要そうな品々を見せられた青年は、あーあ。と、軽くため息をついた。 「それで中将は、貧乏な町に住む貧乏で節穴なあたしになにをさせようってんですか?」  右肘(みぎひじ)をつき、(こぶし)(あご)を乗せた青年は、ふて腐れたように尋ねる。 「とっても金になる話ですよ。あなた、預貯金もゼロでしょ?あしたの、どころか今日のご飯にも困ってるようですから、引き受けても損はさせないつもりです♪」 「受けない場合はどうなりますか?」 「軍事機密を勝手に覗き見た現行犯でこの場で銃殺です♪」  カチャカチャカチャ。  青年の周りを囲んだ将兵らが、回転式拳銃の安全装置を外す音が静かな室内に響いた。 「やれやれ、おっかない話もあったものです。受ける以外あたしに生き残る術はないじゃないですか」  青年の言葉を了承と受け取った中将は、大佐に命じてアタッシュケースの鎖と鍵をはずさせ中身である幾枚かの書類、数列と文字が並んだ紙を青年の前にズラリ並べさせた。 「まずはそれらすべてを、本艦が出港するまでの間に覚えてもらいましょうか」 「へっ?これをこの軍艦が出港するまでに全部ですか?一字一句?ホントに?!」 「もちろんです」 「うへぇ…」  青年に示された全ての機密物は、以下のような内容だった。 1.芙蓉皇国海軍公式文書。※外部発注の仕事の正式依頼書。 2.白黒写真。※芙蓉皇国と同盟関係にある大国【オーベラル連邦王国】軍務省、およびオーべラル陸海軍の主要人物の写真が数十枚。 3.芙蓉皇国兵部省。特務機関統括部(非公然組織)発行の暗号表の一団。 「物臭なちみには面倒ごと以外の何物でもないでしょうが、いうこと聞いて働かないと背後から撃っちゃうか海に捨てるから頑張ってね♪」 「いやことをサラッと云いますねぇ」  それから出港までの一刻(二時間)の間、大佐と、大佐の直属の部下からの講義と説明会が始まった。  その内容を簡潔に云えば、 【同盟関係にある芙蓉皇国とオーベラル連邦王国にまたがり、他国に機密情報を流すアコギな二重スパイの正体を暴け】  と言うシロモノだった。  そうして青年は一通の便箋が入った芙蓉海軍の紋章入りの封筒と、換えの赤いふんどしや高そうなシャツ。これに歯ブラシなどの生活用品に、芙蓉海軍紋章入りのペンにメモや雑記帳とかの筆記用具。などなどを詰め込んだ唐草模様の風呂敷つつみを手渡された。  聞けばこれ、オーべラル側も了承したおとり捜査の小物類であるらしく、本物の機密文書は別便でオーべラル側に手交する手筈になっており、青年はいくつか差遣される囮のひとりであるらしかった。  つまり青年が手渡された品々は、見る人が見ればなんか隠された文字なり図面なりが散りばめられた雰囲気を、そこはかとなく(かぐわ)せているような感じで造作されてはいるが、実のところ全部、そのままの機能しか持たない物品類であったのだ。 「裏の裏を読んだ相手さんがちみに喰い付いて来るかもしれないから、夢々、油断しないようにね♪」  そう言い残して、中将と取り巻きの将兵の団体は(ふね)を降りていった。
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