七人の聖者もしくは叛逆者(三)

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七人の聖者もしくは叛逆者(三)

 翌朝、病院に出勤すると、私のオフィスの前に、ひとつの影が扉に寄りかかっていた。ミーナだった。私は少し驚きながら、彼女に声を掛けた。 「お早う、ミーナ」 「もう早くは無いわよ」  彼女は短く言うと、くいっ......と首を傾げた。 「来て」  彼女が私を誘ったのは、オペレーションルームだった。 「ここなら、他の人間の思念ははいらないわね」  オペレーションルームは、ドクター達が完璧な施療を行えるよう、厳重にエネルギー-シールドが張られている。 「どうしたの、ミーナ?」  訝る私に、彼女はいつにも増して真剣な眼差しで告げた。 「本当のことを教えてあげる。Dr. クレインの知らないこと......」 「イーサンの?......て、あなた聞いていたの?どうやって?」  私の問いに、ミーナは皮肉っぽく唇を歪めて言った。 「ドクター、あなたのシールドは甘すぎるわ。......もっとも、あなたが私のことを気にかけていてくれるからだけど.......エネルギーラインがわずかだけど、繋がっているの。Dr. クレインが、あなたに接触したのがわかったから、意識を繋いでみたんだけど......」  私は舌を巻いた。ミーナの能力の計り知れなさに恐怖すら感じた。ミーナは、言葉を繋げた。 「マスターΩ《オメガ》は、七人を断罪してから、ひどく後悔した。......そして、ジェネラルΣ《シグマ》の目を盗んで、ある計画を実行したの」 「計画?」 「そう......早世した五人と断罪した七人の間に子どもを作ったの。五人は星の守護者として、七人は星の破壊者として」  ミーナは大きく溜め息をついた。 「公式な記録には、五人との間の子ども達のことしか書いていないけどね......」 「ガーディアンズ......のことね」 「そうよ。......マスターΩ《オメガ》は、ジェネラルΣ《シグマ》に星の守護者として五人の子どもを大切に育てるように命じた。......そして、残りの七人の子どもは、政府の目から隠されて密かに育てられた......他の星でね」 「他の星?」 「先生の母星、フェリー星でね......成人した彼らは、フェリー星人とのMIX としてこの星に戻った。......まぁ、すぐに捕らえられて断罪されたけど」 「マスターΩ《オメガ》に?」 「いいえ......」 ミーナは首を振った。 「ジェネラルΣ《シグマ》の後継者に......、ジェネラルΣ《シグマ》は、マスターΩ《オメガ》の裏切りに気づいて、彼を殺し、早世した五人のクリスタルと共に、マザーコンピュータに封印した。マザーコンピュータのキーとして......」 「そんな......」 「そう、この星のマザーコンピュータの最終的なスイッチは、マスターΩ《オメガ》のエネルギー体なの......」  思考の収集のつかない私に、畳み掛けるようにミーナは続けた。 「聖なる者たちへの、この星の断罪って、どういうことだかわかる?」  彼女の言葉からすれば、『死』ではない。私には想像がつかなかった。 「わからないわ....」 「精神を破壊するのよ。彼らの聖性を徹底的に穢し堕めて、狂気に落とすの。エネルギーのコントロールのできない獣、生きた屍に落とすの。」  私は、最初にミーナに見せられた集団暴行、虐待の場面を思い出した。ミーナは、冷ややかに言った。 「その通りよ。どんな生命体にとっても、『肉体』は最も大事な器であり、同時に弱点だから......」  ミーナは顔色を替えることもなく、続けた。 「七人の子ども達は、その結末を予想して、やはり密かに子どもを作り、マスターΩ《オメガ》の意思を伝えていった。私は、その名も無き七人の末裔のひとり......そして、政府は、その『子ども達』を根絶やしにしようとしている.....マスターΩ《オメガ》の意志が発動する前に.......」  私は息が止まりそうだった。   「政府は同時に七人の聖者の子ども達を作っては壊し、マザーコンピュータのエネルギーを補充し続けた。同時に他の惑星の連中に『恩寵』を授け、主導権を握るという、副次的な利益も得ようとした......。記録の無い三十人には、その生け贄達よ。私は、その中のひとりにすり替わって、奴らの陰謀を暴くつもりだった。でも甘かったわ。」  ミーナはその眸に静かに怒りの炎を揺らしていた。徐々に炎は大きくなり、渦を巻き始めた。 「政府は、私達を誘き寄せ、誘い出すために、彼らを利用したの。彼らの苦痛や悲嘆は、DNA を通して私達に伝わる。......沢山の悲鳴や絶望。私達は、長く堪え忍んできたけど、もう耐えることはできない」 「そ、それじゃ....?!」 「政府の連中の狂気をもう許すことはできない。奴らは七人の魂を完全に破壊するまで、彼らの魂を穢し続ける......欲にまみれた獣どもの暴走は止まらないわ。......Dr. クレインには悪いけど、私達はもう待てないの」 「え?」 「Dr. クレインは、ガーディアンズの末裔よ。この星の守護者」  私は、言葉を失った。Dr. クレインが図書館よりも詳しい情報を持ち、厳重なセキュリティを許されていた理由が、やっとわかった。    ミーナは、ひとつ大きな息を吐き、顔を上げると、ふいにオペレーションルームの扉を睨み付けた。    その時、厳重にロックされていた筈のオペレーションルームの扉が開いた。立っていたのは、Dr. クレインだった。 「Dr. シノンをアーシーを巻き込むな。シリアルNo.196」  怒気を含んだ声を放つDr. クレインの背中にも、膨大なエネルギーの炎が渦巻いていた。ミーナは、Dr. クレインの動揺をふんっ.....と笑い、呟いた。 「私は、『マザー』を傷つけるほど愚かじゃないわ」  ミーナは立ち竦む私に静かに近寄り、私をハグした。 「さようなら、先生。」  ミーナは、私の耳許で囁き、くるりと背中を向けた。  そして....消えた。怒りの炎とともに......。 「ミーナ!!」  私はミーナを引き留めたかった。けれど私の精一杯の叫びは、無機質なオペレーションルームの壁に吸い込まれて、消えた。  堪えきれず、零れ落ちた私の涙は、オペレーションルームの床をただ濡らすだけだった。
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