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ミーナの失踪 (二)
自宅に戻ってしばらく、私は自室に隠った。フェリー星から両親が携えてきたフェリーナの歴史書には、ラウディスからの逃亡者の記載は、当然ながら無かった。
フェリー星の歴史書に書かれたラウディス星は、ある時期からしきりに飛来し、友好関係を結ぶようになった......というそれだけだった。
私は汎用データから情報を得ることを諦め、瞑想に入った。多次元にアクセスを試みるためだ。宇宙の記憶庫であるアカシックには、これまでのあらゆる星の記憶が蓄積されている。制限は設けられていないが、そこに至るには全てのエネルギー階層を開かねばならない。一気にそこまで行くのは難しいが幾つか上の次元まで意識を昇らせることが出来れば、ある程度のものは見える。
深く呼吸をし、まず体内のエネルギーセンターを意識して開く。尾てい骨から頭頂へ七つのエネルギーセンターを開き、第八層への扉を開く。
そこから、徐々に上の次元に意識を上げていく。この星の中心の見える場所へ。
すると、点滅する光の洪水の中、その中心に黄金の髪が揺れ、誘うように両手を拡げた金色の肢体が見えた。......正しくは、体表面の殆どを金粉の痣に覆われたラウディアン......おそらくはマスターΩ《オメガ》、その人であった肢体......イーサン-クレインの言葉が正しいなら、百年を生きたはずのその人は、まるで少年か少女のようだった。
静かに閉じられた瞼、未だに色を失わない薄紅の唇.......手足の爪さえ桜色のまま。そしてその肢体には性別を示す徴しは見受けられなかった。
雌雄同体というより、限りなく無性体に近い存在だったのだろう。
中心に据えられたその光の繭の下にもうひとつの繭がパイプで繋がれ、それを取り囲むように四つの繭が据えられ、やはりパイプで繋がれているさほ。そしてその下にも同じように中心にひとつ、周囲に六つの繭が据えられている。
異なっているのは、五つの繭は透明でそれぞれ異なった色の光を発しているが、その下にある七つの繭は、金属で覆われており、それぞれ狭い隙間からしか中を伺うことが出来ない。その周囲には沢山のケーブルやパネルが点滅し続けている。
―これが、この星のマザーコンピュータ....―
呟く私に、誰かが応えた。
―そうよ―
ミーナの声のような気がした。が、首を巡らせても姿は見えない。
―その繭がなぜ、閉ざされているか、わかる?―
私は小さく首を降った。すると、見えない指が背後の空間を指した。
そこには力無く横たわる肉体があった。虚ろな眼を見開き、口元から唾液が溢れている。下肢は血にまみれ、全身のいたるところが、体液で汚れている。わずかに全身が痙攣しているところを見ると、死んではいない。
白い防護衣のようなものをまとった数人の兵士らしき者達が、その肉体の置かれた場所に入ってきて噴霧器のようなもので、肉体の汚れを洗い流した。瞳孔の開きと、脈を確かめているどこかへ引き摺っていく。
その肉体が引き摺られていった先には、金属の楕円形を半分にしたような器があった。兵士達は、抱えてきた肉体を器の中に横たえ、器の中から伸びているケーブルをその肉体の四肢や首筋に針のようなもので、装着した。幾つも脊髄に直接ケーブルを突き刺され、肉体が苦痛に大きく反り返る。兵士達は、ケーブルを挿し終わると、器の蓋を閉め、リモートコントロール装置をオンラインにした。
器は、ゆっくりと肉体の頭の部分を上に立てられて運ばれ、パイプにセットされた。瞬間、器の中から大きな叫び声が上がり、そして沈黙と同時に繭の中で光が点滅を始めた。
―ひどい......―
絶句する私にその声は言った。
―私は中央にいる、全ての苦痛を集約する場所に......―
―見て...―
真ん中の金属の繭からパイプで繋がる透明な繭の中心......そこには一人の少女もしくは少年が浮かんでいた。が、その姿は他のカプセルに阻まれてよく見えない。
―負を正に、苦痛を喜びに変換する装置......それがFifth Spirit《 フィフススピリット》、そしてガーディアンズ......―
―ガーディアンズ.....―
私は、ふと青い光を放つ目の前の繭を見た。そこに眠っていたのは、紛れもなくDr. クレイン、イーサンの姿をしたガーディアンだった。そのガーディアンは、私の視線に気づいたのか、ゆっくりと眼を開き、私を見た。
―......!―
瞬間、眩い真っ白な光が弾け、私は三次元に戻っていた。
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