異変 (一)

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異変 (一)

 私は間もなく病院に復帰し、いつも通りの日々に戻った......筈だった。   Dr. クレインとの間には拭い難いわだかまりは残ったものの、仕事の上ではきちんと対応していた。患者の数は相変わらず増加し、症状の深刻化は否めなかったが、臨床の現場では、抜本的な解決法は見出だせず、対症療法に終始するばかりだった。 「薬物の使用を禁止することは出来ないの?」   「政府の方針が変わらない限り、無理だ。合法薬物を禁止すれば、違法薬物に手を出すだけだ」  病院では噴飯ものの事態が相次ぎ、スタッフの激昂は止まなかった。  最も深刻な問題は、以前は少なかった成人した能力者の自殺や発狂、犯罪が著しく増加してきたことだった。その殆どが、成人に達した、いわゆる違法児童(イリーガルチルドレン)だった。  違法薬物によって能力を手に入れ、社会に適応したように見えた彼らが、突然常軌を逸してしまうのだ。スラム街では、ひっきりなしに救急車が走り、どこの病院も満杯だった。 「薬物の副作用としか思えない......」  誰もがそう考えた。しかし、γf2や違法薬物の摂取を継続的に行うことは物理的に不可能で、医師の処方を必要とするうえに高価で、裕福でない一般人は、国の補助を受けるか、借金するか、犯罪を犯すか......のいずれかだった。  私は自分の机のミーナのフォトスタンドを見つめた。 ―ミーナ、教えて何が起こっているの......― 「浄化だよ」  答えたのは、Dr. クレインだった。彼は、悲痛な面持ちでドアを背に佇んでいた。 「惑星連合の観察チームが来る。......違法な能力開発が表立ったら、政府は責任を追求され、諮問委員会にかけられる.......だから、違法な能力開発に走った移民達を迫害し始めたんだ。......最悪だ」 「最悪?......どうして移民達を迫害するの?政府が責任を取るべきことじゃない?!」 「政府が糾弾され、罪状が明らかになれば、この星の自立は認められなくなる。惑星連合の指名する星の支配下に入るか、知的生命体の撲滅か、星自体の破壊か......いずれにせよ、ラウディアンの誇りは壊滅的だ」 「仕方ないじゃない。......政府のやってる事は立派に犯罪行為だわ。人間の尊厳を踏みにじるような政策に走ったんだから......」 Dr. クレインは、ますます悲壮な声で叫んだ。 「最悪、星自体が破壊されるんだぞ。ルーナの母星を無くしていいのか?......君は、ルーナを流れ者にするつもりなのか?」 「私は、その流れ者よ。......私の星は罪を犯したわけじゃない。でも、私の母星はもう無いわ」  私は、フェリー星を思い浮かべた。薄紫色の美しい星。白い雲がたなびいて......。 「だったら、わかるだろう。母星を失うのがどれほど辛いか......?!」 「だからと言って、取り繕って誤魔化して、人間の尊厳を滅茶苦茶にして.......それが正しいことなの?」 「そうじゃない。そうじゃないけど.....」 私達の終わりの見えない口論は延々と続くかに見えた。......が、それを止めたのは、Dr. バルケスだった。 「いい加減にしなさい、ふたりとも.....」   Dr .バルケスは深い溜め息をついて言った。 「あなた方が口論したところで、何も解決しないでしょ。私達が出来ることは真摯に患者に向き合うことだけよ......惑星連合は、そう早くは来ないわ。そう....数ヶ月はかかるわね。その前に政府が、マスターΩ《オメガ》が目覚めることを祈るしかないわね」  彼女はそう言って、項垂れるDr. クレインと私を置いて立ち去った。 ―マスターΩ《オメガ》が......目覚める?―  私は、ミーナが見せてくれたビジョンを思い出した。確かに、マスターΩ《オメガ》の両目は閉じられていた。でも何故...... 「何故、知っているんだ......?」 Dr. クレインの唇から呻くような呟きが漏れた。 ――――――――――  私達の疑念を余所に、事態はますます悪くなった。政府の犯罪抑止政策、つまりは移民-難民の迫害政策により、スラム街で暴動が頻発し、それは他の都市にも飛び火した。星の混乱は激しくなり、遂に私達にとって最悪の事態が発生した。 ―D3地区で爆発事故。死傷者多数。緊急搬送の受け入れを要請する―  政府からのシグナルに、皆に緊張の色が走った。Dr. クレインと私を含む緊急センターのドクター達は、教授(プロフェッサー)マシューのオフィスに召集された。  教授(プロフェッサー)マシューは、これまでに無い緊張の面持ちで言った。 ―第五エリアに『暴走』が認められた。訓練中の暴発により、環境システムの大規模な損傷が懸念される。当センターは第五エリアの被災者の受け入れにあたる―  第五エリアの『暴走』.....つまりは人間兵器(ヒューマンウェポン)の訓練中に能力のコントロールを喪失した誰かが、念動力(サイコキネシス)を暴発させて、爆破事故を起こした......ということだ。その事実を知っているのは、私とDr. クレイン、それと......。 「救急(アンビュランス)チームが来るわよ。準備して!」  私の思索は、そこで打ち切られた。頭上も目の前も、パトライトの赤が埋め尽くしていた。
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