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ラディウスという星(一)
病棟の子ども達のケアをひと通り終えてオフィスに戻ると、窓の外には霧のような雨が降っていた。
私は改めてディスプレイをオンラインにして、天候の予定を確認し、今日は三時間ほど雨が降るようにセッティングされていたことを思い出した。
ここ、惑星ラウディスの中心都市、サマナでは全てがプランに従って運用されている。
大地と植物と生き物......殆ど『Human』と呼ばれる知的生命体―言語を理解し、思考と感情を持ち、モラリティを有する、秩序だった世界の構成員たり得る者達にとって、適正な環境がプログラミングされている。
私は喉を潤すために、サーバーのパネルに触れた。今日は、カフェインを摂取したい気分だった。グリーン-ラテを選び、カップをセットする。奥深い豊かな香りに、ほうっ......と息をつく。
「私にも、もらえるかな。アーシー。」
振り向いた私の目の先で、アッシュ-グレイの髪がふわりとなびいた。
「どうぞ。Dr. クレイン、何になさいます?」
「シナモン-マキアートを...」
カップに暖かいドリンクを注ぎ、指の長いしなやかな手に渡す。褐色の地に所々に、金砂をまぶしたような紋様の肌。琥珀色の瞳は、ここラウディスでも珍しい『貴種』であることを伝えている。
古い時代からの、原初のラウディスの民......この星の『異能者』至上主義は、この原初の民が『異能者』だったことに始まる。
「どうぞ。」
丁重に椅子を勧めると、整い過ぎた面がほんの少し相好を崩す。長身の筋肉質の肢体を折り曲げるように座った。
「アーシー」
あまり口を開かないのは、ラウディス人がテレパシーでの会話を得意とするからだが、私と話すときには、敢えて彼は音声を発する。―友好の証―として。
「愛情だよ。アーシー。たまには、ちゃんと名前で呼んでくれないか」
「人の思考を読まないでください。Dr.クレイン」
眉をひそめる私に、Dr. クレインが唇に指を当てて言った。
「イーサンだ。アーシー、患者達の状態はどうだい?」
「落ち着いてます。今のところは」
「......今日はやけに機嫌がいいと思ったら、パートナーが帰ってきたんだな。」
少しばかり不機嫌そうにDr. クレインは窓の外を見た。その先には、星間トランスポートのステーションがある。そこに停まっているグレーの船体が私の夫の船だ。
「ですので、今日は早く帰ります。明日、明後日は、Dr. ミルラが担当なさいます」
「そうだったね、アーシー。しかし君が結婚などということをするとは......しかも移民の船長(キャプテン)と、ね。」
ふぅ......とDr. クレインは大きく息をついた。
「私も、移民です」
私は眉をひそめた。私も夫もラウディス人ではない。他の星で生まれた。
「君たちは、『亡命者』だよ。フェリー星は文明の進んだ星だった。知的レベルも能力レベルも高い。......ディートリヒの星は、まだ存在しているし、彼はともかく、星全体のレベルは高くはない。」
Dr. クレインの言葉は実に私の神経を逆撫でしてくれた。
「それに、君が『結婚』なんて前時代的なシステムに従うとは思えなかった。自分で子どもを産むとか.....」
私は忍耐の限界を認識した。
「私は、人間です」
そう、私はフェリー星出身の『人間』だ。
「人間の子どもは、人間の母親から産まれてくるものです......ラウディスでも、それは変わりません」
「人工受精、人工保育の方が安全だがね。」
Dr. クレイン―イーサンは、ゆっくりと椅子から立ち上がった。
「ルーナが君に会いたいそうだ。卵子だけの母親でも、君は『暖かい』そうだ」
「何時でも、遊びに来て...と伝えてください、イーサン。......ルーナも大事な私の子どもですから」
「父親は僕だけど...」
Dr. クレインは唇を曲げて片眉を上げて皮肉な口振りで言った。私は受け流してコートを手に取った。
「精子だけの父親....だけど。きちんと養育していただけていることに感謝いたしますわ。」
「私も、医者だ。君の善きパートナーでもあると思うがね。」
「ビジネス-パートナーとしてね。感謝してます」
言って、私は移動システムのパネルを呼び出した。郊外への移動には時間がかかる。早く夫に会いたかった。
「良い休暇を......」
背後に湿っぽい声が残った。悪くはないが、粘着質は私の好みではない。
空間の粒子が忙しなく流れる。
私は子ども達の顔を思い浮かべた。
ラウディスでは、子どもの顔を知らない親、親の顔を知らない子どもも多い。特に特権階級だが....:.優秀な遺伝子の結合で、人工的に育てられた将来の主要人物達は、分別のある年齢になるまで、政府が育成する。
夫のディートリヒもイーサンも、医者である私の意思を汲んで、きちんと親の顔を見せて育ててくれている。それには感謝している。
空間のランプが赤に変わった。都市からの出口に着いた。
顔を上げると、ドアの外にシルバーの流線形の塊が見えた。夫の愛車だ。
「ディー!」
私は満面の笑顔で彼を迎えた。
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