ガーディアン 三~Emotion ~

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ガーディアン 三~Emotion ~

 私とイーサンの探索は遅々として進まなかった。  姿を消したミーナを表立って探すのは、彼女の身に危険を及ぼす。それは出来る限り避けたかったし、何よりイーサンが乗り気ではなかった。 ―アイツは疫病神だ。君を危険に引きずり込む。ガーディアン達さえ探せ出せば糸口は掴める―  イーサンは、『水』のガーディアンの系譜だけあって、かなりの『潔癖症』だ。  オフィスを見ただけでも、ディスクの上にはコーヒーのマグカップがひとつだけ。部屋の中にも、カルテを呼び出すサーバー以外、何も無い。ディートリヒや子ども達(ライアンやマティア......宝石になった子ども達、ミーナのものも含め)のフォトスタンドで埋め尽くされている私のディスクやオフィス、フィットネスのツールが所狭しと置かれているDr. タレスのオフィスを見るたびに、―信じられない―という顔をされる。  ことミーナに関しては、特に手厳しい。 ―アイツは嫌いだ― とはっきり言い切るのだ。 ―彼女が傷ついたのは、彼女のせいじゃないわ......!― と私が擁護すれば、 ―アイツの手は血に汚れている― と言う。 ―彼女をそこまで追い込んだのは、政府よ!― と私が憤慨すれば、重い溜め息をついて黙り込む。わかっているのだ。わかっているからこそ、イーサンは政府の職につかなかった。付くことを拒んだ。―汚い奴ら―の味方はしたくない。けれど、星を守る役目からは逃れられない。 ―だから、医者になったんだ―  政府の、人々の罪を『浄める』......一人でも多くの人間の命を救い、エネルギーを正常な状態に戻すことで、この星の歪みを糺す......それがイーサンの選んだ『道』だった。 ―一滴の水でも、集まれば『流れ』になり、『大河』になり、『大海』になる―  イーサンの主張は正しい。正しいが、気の遠くなる『時』がかかる。  この星には、そこまでの猶予は、無い。  教授(プロフェッサー)マシューとDr. バルケスの『正体』を知ったことで、彼はかなり追い詰められている。激しい焦燥と無力感......日々、翳りを落としていく横顔に、私には掛ける言葉も無かった。  譲れない『正義』が、日々彼を悩ましめている。冷徹で無表情な表面と異なり、彼の内面は恐ろしく繊細だ。  出口の無い煩悶は、そのエネルギーを澱ませる。......一刻も早く解決の糸口を見いださないと、彼自身が潰れてしまう。  私は何より、それを恐れていた。 「博物館へ、行きましょう」  私は思いきって切り出した。 「そんな所になにが......」 「ここで頭を抱えていても始まらないわ。何があるかはわからないし、無いかもしれないけど、ここで悩んでいるよりはマシよ」  渋るイーサンを、私はオフィスから引きずり出した。『水』は澱んではいけないのだ。流れねばならない。それには『動く』ことしか無いのだ。  冷涼な気温に設定された、紛い物の『秋』の街を私達は博物館へ急いだ。  都市(サマナ)の中心街から南に外れた、スタディ-エリアの一画にある『ラウディス中央博物館』は、いつもながら閑散としていた。―ラウディアンは、過去を振り返らない―というのが、イーサンを初め、ラウディアン達のスローガンだ。ラウディアンにとって、星間戦争の敗北は屈辱以外の何物でも無かったらしく.....資料は一切、無い。  そして、ラウディスを近隣惑星の中でも文明の優れた『優秀な』星に導いたとして、将軍(ジェネラル)Σ《シグマ》と当時のサマナの統括者の肖像画が高々と掲げられ、様々な資料が並べられていた。が、マスターΩ《オメガ》と七人の聖者(犠牲者)達に関する資料は、全く無かった。  落胆するイーサンと私の背中に、愛らしい声がふわりと被さった。 「ダディ、マム。元気してた?」  金色の髪を揺らして、ルーナが駆け寄ってきた。可愛い我が子の出現に難しい一方だったイーサンの顔が途端に綻んだ。 「ルーナ、どうしたんだい?いったい、どうしてわかったんだ?」  嬉しそうに微笑み合う姿は、本当に良いものだ。ルーナが、私の方をちらっと伺って、にっこり笑った。 「マムがメッセージをくれたの。用事で博物館に行くから、ご飯を食べに行きましょうって......」 「アーシーが?」 訝しげに見るイーサンに、私はルーナの肩を抱いて言った。 「たまには気分転換も大事よ。最高の癒しでしょ?」 「そうだな.....」  笑い合って大仰な建物を出る私達の背後に、密かな眼差しがあることに気付かないまま、私達は街へと繰り出した。 「ねぇ、ルーナ......」  私はハンバーグ的なものを頬張るルーナに、何気なく訊いてみた。 「マスターΩ《オメガ》って知ってる?」 「知ってるわ」  ルーナは屈託なく髪を書き上げて笑った。 「ラウディスの守護者、偉大な存在って、聞いてる」 「他には?」 「後は知らないわ。教えてくれない。歴史学のコースを取れば教えてくれるかもしれないけど......」 「そう......」  イーサンが思い切りイヤな顔をしていたので、この話は打ち切って話を変えた。 「どう?ルーナ、勉強は楽しい?」 「楽しいわよ。......それに、みんな変わってるわ。私は純血のラウディアンじゃないのに、肌が白くて羨ましいって言うの」  ルーナは、不思議そうに、だが自慢気に私達を見た。 「白い肌は、ラウディアンみんなの憧れだからね。君は、アーシーと僕の良いところを受け継いだから、格段にキレイなんだよ」 「そうね」  ルーナの微笑みはどこまでも屈託がない。私は同じ年で、過酷な運命と戦うミーナの昏いが、力に満ちた瞳を思い出した。  彼女!ミーナ》がいつか心から笑える日が来ることを心の底から祈った。  私達は、そのためにも、マスターΩ《オメガ》を目覚めさせねばならない......。ガーディアンさん
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