ガーディアン 五~Passion ~

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ガーディアン 五~Passion ~

 星を守ること、秩序を守ること、人間を護ること......それは必ずしも同一では無いことは私にもわかっている。  だが、その事実は時に残酷なほど重い。今、ラウディスの置かれている状況から言えば、全てが相反する。  イーサンの懊悩は、私のそれとは比べものにならないほど重く、その心にのしかかっていた。  彼の煩悶を激しいものにした要因は、『火』のガーディアンとの予期せぬ邂逅だった。彼、ラグナは国家保安局の大佐(コロネル)だった。一連の第五エリアの案件で、病院に調査報告の提出を求めてきたのだ。 ―書類は提出してある― と応える院長の言葉には耳を貸さず、私達との面談を求めてきた。 ―アシュタールの宇宙艦隊の姿がラウディス上空で目撃されている。惑星連合からの査察を前に、何故ヤツらがラウディスに介入してきたんだ?―   ラグナ大佐は、この病院であったことを『正確に』話すよう求めてきた。  彼は軍人らしい屈強な体格と精神の持ち主だった。頬から身体へと浮かぶ金箔の痣は歴然のコマンドのそれに相応しく、彼の太い血管を取り巻き、脈動していた。  軍人である彼は何よりもこの星の『秩序』を守るべく奮闘してきた。その彼にとって、アシュタール-コマンドの介入は、これ以上なく由々しき事態だった。  ―マスターΩ《オメガ》がアシュタールに要請した―  ということは、彼にとって受け入れがたい、この星の現状を突き付けられたも同然だった。  この星の総帥たるマスターΩ《オメガ》は長く沈黙を続け、サマナの統治者(ガバナー)と保安局長官である将軍(ジェネラル)がこの星の執政を担ってきた。 ―マスターΩ《オメガ》が目覚めれば、星の政治体制は否応なしに変容せざるを得ない―  ラグナ大佐は眉間に皺を寄せて、呟くように言った。政府の腐敗は救いようもなく進んでいる......と彼は言った。 ―住民の殆どが、政府によって『製造』されているこの星に自浄能力が無いのは確かだ。だが移民や難民達に、この星のルールを決めさせるわけにはいかない―  つまりは、 ―マスターΩ《オメガ》が目覚めた時に、この星をどう変えるか、想定出来ない― と言うのだ。尚且つ、マスターΩ《オメガ》を目覚めさせるには、『世界(ザ-ワールド)』のガーディアンの目覚めが必要であり、そのためには七人の犠牲者の魂の解放が必要だ......と言うと、ますます難しい顔をした。   「政府は、彼らの子孫を叛逆者として迫害してきた。今も指名手配が懸かっている。彼らを正当な存在として認めさせるのは困難だ。しかも......」  ラグナ大佐は大きく溜め息をついた。 「子孫達の生き残りは、悉く捕縛され処刑されてしまった。......生き残りはまずいない。いるとしても、ラウディス外の可能性が高い」  七人の魂を解放するために、子孫に慰撫させることは、まず不可能だと言う。 「だが、私はこの星を救いたい」  イーサンは机から身を乗り出して言った。  そのイーサンをラグナ大佐は、じっと見つめた。射竦めるような、厳しい眼差し。だが、その内には燃えたぎるような激しい熱が宿っている。一度、事を決めたらやり遂げる。その『強靭』な魂が彼の内側で密かに煮え滾っている。私達の、我々の覚悟を求めている....私はそう感じた。 「この星の何を救いたいんだ、先生(ドクター)? 」  ラグナ大佐は、実に静かに私達に問いを投げた。イーサンは、一瞬、言葉を呑んだ。が、意を決して言い切った。 「全てだ。人も、秩序も、星の生態も。ラウディスがラウディスとしてある全てだ」  彼は、唇の端を歪めて小さく笑った。 「大した勇気だ。だが、事は極めて困難だ。わかっているな」 「わかっている」  イーサンは猛獣を前にしたハンターのように全身を硬直させ、だが、退くことの許されない一歩をありったけの勇気を振り絞って踏み出した。 「私は、この星のために全てを捧げる」  大型の肉食獣を思わせる筋肉質の鉄の壁のような巨体が、大きな息をひとつついて立ち上がった。 「私は、保安局の人間だ。保安局の決定には従わなければならない。この星を護るためにマスターΩ《オメガ》の目覚めが必要だと言うなら、保安局の納得する情報が無ければなならない。ただ......」  瞬間、言葉を切り、大佐の野生の眼が周囲を窺った。 「私も、メイン-コンピュータールームに入ることは出来る。マザー-コンピューターの管理者達のひとりではある」  私達は、ラグナ大佐の連絡先と連絡方法を確認させてもらった。立ち去り際に、彼は言った。 「君たちの話を完全に信用しているわけではない。しかし、この星の未来が危機に瀕してるなら、全力をかけて阻止する。それがガーディアンというものだ」  らしい大佐は、軍帽を目深に被り直して、硬い表情で病院をチラ.....と振り替えった。 「最期の審判に備えることにしよう」  背中越しに零れ落ちたら呟きは、彼の、ラウディスを護るという一念-決意を、私とDr. クレインの胸底に否応なく突きつけ、そして彼は振り向くことなく去っていった。 ―それにしても......―  私はラウディアンでは無い。にも関わらず、何故、ラウディスの深層に到る重大かつ困難な案件に挑まねばならないのか。私には、一向にその由縁がわからなかった。  確かに、ミーナを助けたいと思ったし、今も思っている。 ―全ては必然なんだよ、先生(ドクター)―  頭を抱える私の傍らで天使(ライアン)が静かに微笑む。 ―先生(ドクター)は、僕たちみんなの母親(マザー)だ。だから、この星の(マザー)と呼び合うんだ。きっと......―  哲学的すぎてわからない、と言うと、少し困ったように笑って天使(ライアン)が私の頬に触れた。 ―大丈夫。すぐにわかるよ......―
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