18人が本棚に入れています
本棚に追加
/38ページ
巡礼 (二)
「さぁ、そこに座って」
郊外の私の家に着くと、アンドロイドのカイが既に食材を用意して、パンを焼いておいてくれた。
私はカイが下拵えをしておいてくれた食材を鍋に移し、たっぷりの水とブイヨン、それと果実酒を少々加えて火を点けた。
あとは頃合いを見て野菜やハーブを煮詰めて作ったソースを加えるのだけれど、鍋の中の具合はカイが教えてくれる。
まずは庭で取れた果物を絞ったジュースをコップに注いで、ダイニングのチェアに神妙に腰掛けているミーナに渡した。
「どうぞ」
「ありがとう」
彼女は両手でコップを包むように持ち、そっと口をつけた。
「美味しい!.....それに甘いわ」
「家の庭になったアペを絞ったの。ほら、あそこの赤い実よ。そこにビーの蜜を加えたの」
私がそう言うとミーナは驚いたように目を見張った。
「ビーですって?ビーは昆虫でしょ?毒針で人を刺すって聞いたわ」
「でも、ビーが花から集めて巣に蓄えた蜜はとても甘くて栄養があるの。知り合いにアンドロイドを使って蜜を集めている人がいて、時々分けてもらうの。......あぁ少し持って行くといいわ。免疫力も高まるし......」
「さすが先生」
ミーナはそう言って笑うと、美味しそうに飲み干して、おかわり、とコップを差し出した。
「それで......」
私は彼女が人心地が着いたふうなのを見計らって訊いた。
「どうやって末裔達を探すの?...あなたがその一人なら、あと六人は何処にいるの?」
私の問いにミーナは少し戸惑い気味に口を開いた。
「私も良く分からないんだけど......サマナ以外の都市も機能しているということは、必ず彼らは何処かにいるはずなの。......私は『作られた』末裔の中でも後の方だったから。もしかすると、他の人達はシステムの機能を維持するために、次世代を作る段階に入っている可能性もあるわ」
「新しく産まれる、もしくは産まれたばかりの子ども達の中に彼らの末裔がいる......ということ?」
ミーナは思い詰めた顔でこっくりと頷いた。
「二つの都市の末裔は男性だったけど、かなり衰弱してた。システムとして『使用』できるのはあと数年だろうって...」
「『使用』......ですって?」
私は思わず叫びそうになった。
「その都市に潜伏していた仲間がリモートでキャッチしたの。彼らは都市の地下に厳重に監禁されていて救出は難しいって.....」
「そんな......人間は物じゃないのよ!」
「でも......奴らはそうは思っていない」
ミーナはコップを握りしめて言った。
「他の都市もたぶん......同じように閉じ込められていると思う。だから先生にお願いしたいの。彼らの『次世代』を救い出して。そうすれば、『次世代』を通じて彼らにエネルギーを届けることが出来るわ」
「今、閉じ込められている人達を助けることは出来ないの?」
「マザーコンピューターが指示を出せば可能だけど......それにはマスターΩが指示しなければ無理だわ。惑星保安局や将軍Σがそんな指示を出す訳が無い」
私は思わず大きく息をついた。
確かに彼女の言う通りだ。間違っても将軍がそんな指示を出す訳が無いし、ラグナ大佐がそんな要求を認める訳がない。
彼らを救出することは、惑星のエネルギーシステムを止めるのと同じことだ。そして私は、ふと気付いた。
「ミーナ.....もしかしたら、あなたの...あなたと同じ光線を持つ人がサマナの地下に.....」
「いないわ」
ミーナが哀しそうに首を振った。
「サマナは各都市からのエネルギーを集約して循環させているの。それだけクリスタルにかかる負荷は大きいの。私と同じ遺伝子から作られた複数の人間がいたけれど、みんな壊れてしまった。今のサマナのエネルギーシステムをかろうじて動かしているのは世界の潜在意識」
「潜在意識...?」
「そう......慈悲とも言うわね。でも、それももう限界に近いわ」
マスターΩと世界の愛のエネルギーを司る存在とミーナはひとつだ。
とすれば集積される負のエネルギーを正のエネルギーに、憎しみや怨嗟のエネルギーを愛のエネルギーに転換させるにはとてつもない負荷がかかる。ミーナ以外のクリスタルが『壊れた』理由も頷けるし、そんな無理なシステムが正常に作動しなくなるのは当然のことだ。
ーマスターΩからミーナに託された意思は、システムの破壊、或いは転換.....ー
黙り込んだ私達の耳許でカイが感情の無い声で告げた。
「お鍋の具材は良く煮えてます。マスター、ソースを入れてください...」
私はのろのろと椅子から立ち上がり、鍋にソースを加えた。そして、香草を少し.....鍋の中でシチューの煮えるコトコトという音だけがやけに大きく聞こえて、何故か涙が出そうになった。
その時だった。
「お、美味そうな匂いがしてるじゃないか、ラッキーだな」
いきなり背後から朗らかな声がして、逞しい腕が私の背中を抱いた。
「ディー.....」
夫は、ディートリヒはにこやかな笑顔で私を見つめ、そしてミーナを振り返って言った。
「やぁ、いらっしゃい。また会えたね」
私達はほうっと息をつき、彼に促されるまま、ディナーの席についた。
「明日にはギイとロディも帰ってくるそうだ......仲良くしてやってくれ」
ディートリヒは、ミーナにパンを取り分けながら、朗らかに言った。
「え、でも......」
驚いて半ば硬直するミーナにディートリヒは最高級の微笑みを披露した。
「遠慮はいらない。なんならウチの娘にならないか?みんな大歓迎なんだが?」
ディートリヒの言葉にますます驚きながら、ミーナはその目をほんの少し潤ませていた。
「そうね。それはいい考えだわ」
私も微笑んで彼女を見つめた。
ディートリヒは、いつも私の気持ちを救ってくれる。私の心はいつも彼に支えられている。
ありがとう...と、テーブルの下で彼の手を握ると、そっと握り返してくれた。
そして私とミーナの会話には何も触れず、旅先の面白い話を夜更けまで聞かせてくれた。
最初のコメントを投稿しよう!