巡礼 (二)

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巡礼 (二)

「さぁ、そこに座って」  郊外の私の家に着くと、アンドロイドのカイが既に食材を用意して、パンを焼いておいてくれた。  私はカイが下拵えをしておいてくれた食材を鍋に移し、たっぷりの水とブイヨン、それと果実酒を少々加えて火を点けた。  あとは頃合いを見て野菜やハーブを煮詰めて作ったソースを加えるのだけれど、鍋の中の具合はカイが教えてくれる。  まずは庭で取れた果物を絞ったジュースをコップに注いで、ダイニングのチェアに神妙に腰掛けているミーナに渡した。 「どうぞ」 「ありがとう」  彼女は両手でコップを包むように持ち、そっと口をつけた。 「美味しい!.....それに甘いわ」 「家の庭になったアペを絞ったの。ほら、あそこの赤い実よ。そこにビーの蜜を加えたの」  私がそう言うとミーナは驚いたように目を見張った。 「ビーですって?ビーは昆虫でしょ?毒針で人を刺すって聞いたわ」 「でも、ビーが花から集めて巣に蓄えた蜜はとても甘くて栄養があるの。知り合いにアンドロイドを使って蜜を集めている人がいて、時々分けてもらうの。......あぁ少し持って行くといいわ。免疫力も高まるし......」 「さすが先生(ドクター)」  ミーナはそう言って笑うと、美味しそうに飲み干して、おかわり、とコップを差し出した。 「それで......」  私は彼女が人心地が着いたふうなのを見計らって訊いた。 「どうやって末裔達を探すの?...あなたがその一人なら、あと六人は何処にいるの?」  私の問いにミーナは少し戸惑い気味に口を開いた。 「私も良く分からないんだけど......サマナ以外の都市も機能しているということは、必ず彼らは何処かにいるはずなの。......私は『作られた』末裔の中でも後の方だったから。もしかすると、他の人達はシステムの機能を維持するために、次世代を作る段階に入っている可能性もあるわ」 「新しく産まれる、もしくは産まれたばかりの子ども達の中に彼らの末裔がいる......ということ?」  ミーナは思い詰めた顔でこっくりと頷いた。 「二つの都市の末裔は男性だったけど、かなり衰弱してた。システムとして『使用』できるのはあと数年だろうって...」 「『使用』......ですって?」  私は思わず叫びそうになった。 「その都市に潜伏していた仲間がリモートでキャッチしたの。彼らは都市の地下に厳重に監禁されていて救出は難しいって.....」 「そんな......人間は物じゃないのよ!」 「でも......奴らはそうは思っていない」 ミーナはコップを握りしめて言った。 「他の都市もたぶん......同じように閉じ込められていると思う。だから先生(ドクター)にお願いしたいの。彼らの『次世代』を救い出して。そうすれば、『次世代』を通じて彼らにエネルギーを届けることが出来るわ」 「今、閉じ込められている人達を助けることは出来ないの?」 「マザーコンピューターが指示を出せば可能だけど......それにはマスターΩ(オメガ)が指示しなければ無理だわ。惑星保安局や将軍(ジェネラル)Σ(シグマ)がそんな指示を出す訳が無い」  私は思わず大きく息をついた。  確かに彼女の言う通りだ。間違っても将軍(ジェネラル)がそんな指示を出す訳が無いし、ラグナ大佐がそんな要求を認める訳がない。  彼らを救出することは、惑星のエネルギーシステムを止めるのと同じことだ。そして私は、ふと気付いた。 「ミーナ.....もしかしたら、あなたの...あなたと同じ光線(レイ)を持つ人がサマナの地下に.....」 「いないわ」  ミーナが哀しそうに首を振った。 「サマナは各都市からのエネルギーを集約して循環させているの。それだけクリスタルにかかる負荷は大きいの。私と同じ遺伝子から作られた複数の人間(ヒューマン)がいたけれど、みんな壊れてしまった。今のサマナのエネルギーシステムをかろうじて動かしているのは世界(ザ・ワールド)の潜在意識」 「潜在意識...?」 「そう......慈悲とも言うわね。でも、それももう限界に近いわ」  マスターΩ(オメガ)世界(ザ・ワールド)(ラブ)のエネルギーを司る存在とミーナはひとつだ。  とすれば集積される(ネガティブ)のエネルギーを(ポジティブ)のエネルギーに、憎しみや怨嗟のエネルギーを愛のエネルギーに転換させるにはとてつもない負荷がかかる。ミーナ以外のクリスタルが『壊れた』理由も頷けるし、そんな無理なシステムが正常に作動しなくなるのは当然のことだ。 ーマスターΩ(オメガ)からミーナに託された意思は、システムの破壊、或いは転換.....ー  黙り込んだ私達の耳許でカイが感情の無い声で告げた。 「お鍋の具材は良く煮えてます。マスター、ソースを入れてください...」  私はのろのろと椅子から立ち上がり、鍋にソースを加えた。そして、香草(ハーブ)を少し.....鍋の中でシチューの煮えるコトコトという音だけがやけに大きく聞こえて、何故か涙が出そうになった。    その時だった。 「お、美味そうな匂いがしてるじゃないか、ラッキーだな」  いきなり背後から朗らかな声がして、逞しい腕が私の背中を抱いた。 「ディー.....」  夫は、ディートリヒはにこやかな笑顔で私を見つめ、そしてミーナを振り返って言った。 「やぁ、いらっしゃい。また会えたね」  私達はほうっと息をつき、彼に促されるまま、ディナーの席についた。 「明日にはギイとロディも帰ってくるそうだ......仲良くしてやってくれ」  ディートリヒは、ミーナにパンを取り分けながら、朗らかに言った。 「え、でも......」  驚いて半ば硬直するミーナにディートリヒは最高級の微笑みを披露した。 「遠慮はいらない。なんならウチの娘にならないか?みんな大歓迎なんだが?」  ディートリヒの言葉にますます驚きながら、ミーナはその目をほんの少し潤ませていた。   「そうね。それはいい考えだわ」  私も微笑んで彼女を見つめた。  ディートリヒは、いつも私の気持ちを救ってくれる。私の心はいつも彼に支えられている。  ありがとう...と、テーブルの下で彼の手を握ると、そっと握り返してくれた。  そして私とミーナの会話には何も触れず、旅先の面白い話を夜更けまで聞かせてくれた。    
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