ラディウスという星(二)

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ラディウスという星(二)

「ただいま、ハニー!」  ディートリヒが帰還したら、まずはお約束のハグ。そして頬にキス。ディートリヒは私よりは二周りは大きい。なので、ディートリヒは私をあっさりと腕に抱えて持ち上げ、私はディートリヒの首に掴まってキスする。 「元気だったかい?」 「お帰りなさい。元気よ」 「それは何より」  ディートリヒの腕から降りると、その後から、ハモる声が二つ。 「ただいま、マム。」 「お帰りなさい。ギィ、ロア、良い子にしてた?」 「勿論だよ」  二つの顔が、ひょっこりディートリヒの後ろから顔をだす。ギルモアとローランド....私とディートリヒの息子達。  普段は都市サマナのスタディ-エリア、つまりは寄宿学校にいるが、父親のディートリヒが帰還した時には家に帰る許可をもらっている。 「また、みんなに羨ましがられた。家のあるヤツはいいな......って。」  十歳になったばかりのローランドがディートリヒの腕にぶら下がりながら言った。  寄宿学校にいる大半の子どもに『家』は無い。両親と会うこともなく、政府からエリートになるための教育を受けるためだけに日々を費やす。  それでも、スタディ-エリアに子どもが所属していることは、卵子や精子を提供した『親』にとっては誇りで名誉なことだ。国からの補助や地位も与えられる。  だから、毎年行われる編入試験に子どもを合格させるために血眼になり、違法薬物にも手を出す。   「ダディに感謝しなきゃね。」    私は、とびきりの笑顔でローランドの頭を撫でる。二人の息子達は、初年度......三つの時からスタディ-エリアに所属している。  遺伝子レベルの審査を合格、身体能力審査、霊的能力審査に合格しないと、幼少期にはスタディ-エリアには入れない。  私の子ども達は、遺伝子レベルはまずまずで、霊的能力はまだ開く時期ではなかった。が、ディートリヒの血を引いて、身体能力はずば抜けて高かった。   「ダディがお父さんで良かったでしょ?」  ギルモアが大きく頷き、ディートリヒが照れくさそうな顔をする。実際のところ、年下のローランドが第二エリアに入る二年前まで、私とディートリヒはサマナの都市の中に住んでいた。第二エリアに入るまでは『家』のある子どもは、自宅からの通学が許されていたからだ。 「でも、マムが学校に来てくれるから、みんなもっと羨ましがってる」  十三歳になったギルモアは私のカバンを抱えて言った。ギルモアは既に第三エリアに進学し、背も私より高くなりつつある。   「君たちのマムは、スタディ-エリアのみんなのドクターだからね。誰かに何かあれば、すぐに駆けつけるさ。」  私は、ギルモアの背を軽く叩いて言う。大人っぽくなった顔がにへっ---と笑う。 「さ、お腹空いたでしょ。カイがご飯の支度をしてくれてるわ。行きましょ。」  私達は車をしまい、風になびく草原を緑の海を泳ぐように丘の上の我が家へ急ぐ。    私達の家は、いわゆるログ-ハウスという木造建築を模したもので、木の触感-質感を再現した造りになっている。  アンドロイドのカイが下拵えしてくれた食事も、肉や野菜------一部は本当に庭で作っているけど―の質感、味、栄養素を再現している。学校でペーストのまんまの食事をしている子ども達は、私やディートリヒの故郷の料理にとても喜ぶ。 「俺のような仕事をするなら、なんでも食べられないとな」  ディートリヒは、食事にかぶりつく子ども達を嬉しそうに見ている。私も、嬉しい。  ディートリヒの遺伝子のおかげでうちの子ども達は、とても健康だ。アレルギーも免疫不全も無い。    食事を済ませ、みんなで一つの大きなベッドに眠る。これもディートリヒの方針だ。    「ありがとう、ディー。」  私は、黒曜石のディートリヒの瞳を見つめ、厚い、引き締まった唇にキスをする。       「ん、なんだ?」   訝しげな表情も、とてもチャーミングだ。瞳と同じ漆黒の髪、赤銅色の肌......ケンタウリ人のディートリヒの背には背骨に沿って、ふさふさとした立派な鬣がある。 「好きよ。ディー」 「俺もだよ、アーシー」  ディートリヒの逞しい腕がそっと背中にまわされる。  分厚いディートリヒの胸板に頬を寄せると力強い鼓動が伝わってくる。体温が皮膚から伝わり、とても安心する。  カプセルでしか眠らない都市の人間には考えられない行為らしいが、互いに体温を分かち合い、匂いを嗅ぎ合うというのは、生物として大事な行為だ。イメージではない、実体としての相手の、自分の存在感は何よりもエネルギー-フィールドを安定させる。 「君と『結婚』できて、良かった。」  ディートリヒの大きな手が私の髪を撫でる。    「私もよ。」  私は、ますます深くディートリヒの懐に潜り込む。ケンタウリのディートリヒは、もとから男性、雄性だったが、私は、私の星フェリー星では、生き物は全て雌雄同体だった。それは、ここラウディスの星の人達も同じ。  だが、私が、ディートリヒと結婚するために雌性を特化させて女性になることを決めた時には、周囲に大いに驚かれた。  フェリー人とラウディス人の違いは、性別を選ぶか、未分化のまま生きるか---にある。フェリー星では、自然なことだが、ここラウディスでは『性を選択する』というのは、自ら不利益を産む、野蛮な行為と思われている。Dr. クレインもつい最近までは未分化だった。今はどうかは知らない。 「ねぇ、ディー」     私は、いつもの問いを夫に投げ掛ける。 「何故、私と結婚しようと思ったの?」  夫はいつものように笑って答える。 「その菫色の瞳、白い肌、シルバーブルーの髪、紅い唇に華奢な身体......絶対、誰にも取られたくなかった。それに......」  ディートリヒの指が頬を撫でる。 「俺は、君の子どもが欲しかった。君に俺の子どもを産んで欲しかった」  ディートリヒの腕が私を抱きしめた。 「ありがとう、アーシー」 「私のほうこそ、ありがとう。ディー」  人間らしい、生き物らしい、生きている実感と喜びを、ディートリヒと子ども達が与えてくれる。私は、それにとても安らいでいるし、幸せだった。  ふと見はるかすと、サマナを包むドームの所々で、小さく光が走っていた。  今日の天候プランは雷のプレミア付きらしい。  
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