ナディア(二)

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ナディア(二)

 ナディアの容体は、とりあえず小康状態に入った。身体の痛みが取れたのと396Hzのデルタ波動によって潜在的な自己否定意識が多少なりとも緩和されたことで、メンタルエネルギーの波動が安定してきたからだ。 「具合はどう?ナディア、痛いところはない?」  病室に顔を出すと、はにかみながら笑顔をみせた。 「痛くはないです。先生......」  名前については、(うわごと)で言っていた...ということにしてある。内臓の損傷の後遺症も出てはいないし、骨折はほぼ完治している。問題は...... 「ねぇ、ナディア...」  私は彼女の髪を撫でながら、尋ねる。 「ママに会いたい?」  一瞬、ためらいに目が動いたが、小さな頭がこくりと頷いた。錯乱わの発作が起きるごとに抱きしめて、乱れたエネルギー波動を整え、鎮静させてきたのだが、その度に、彼女の魂は痛々しいほどの切羽詰まった声で『ママ、ママ』と呼んでいた。  見えてきたビジョンは狭いを前時代的なアパートの一室。青ざめた肌に耳の下に銀色の美しい鱗のエラをもつシリウスの女性......だが、ひどくやつれて......かなり無理な暮らしをしているのだろう。シリウス人は生命体としては強靭なほうではない。細胞の組成もかなり繊細だ。  ナディアの生命力の強さは、幼体に特有のシールドがまだ機能していたのと......父親の影響かもしれない。 「パパの顔を覚えてる?」 と訊くと、寂し気な顔で頭を振る。 「ママは迎えにきてくれる?」 「大丈夫よ。もう少し良くなったらお迎えにきてもらいましょうね」  そう言って、診療を終えて病室を出ようとすると、ドアの向こうにDr.クレインの姿が見えた。 「オピニオン-ルームへ......」  私は、黙って頷いた。彼女の処置について...と頭の中に語りかけてきたからだ。音声を使わない会話が出来るのは、このような時には便利だ。 「母親は分かった」  Dr. クレインはホログラフィー-データを繰りながら言った。 「シリウスからの移民の子だ。K ―72地区に隣接するクラブで働いている。親は入国時審査は受けているから違法滞在ではないが......」  いわゆる難民......だという。シリウスA主系列星周辺は星間戦争が絶えない。私達は、主星であるシリウスを名称として使うが、周辺に小惑星が多いため、略している。  つまりは、シリウス周辺の何処かの星......水系の星の出身ということだ。  いずれにせよ、他星系からの避難民が正規の仕事に就くのは難しい。援助も次世代には与えられない。  難民は受け入れたくない......という執政政府の本音だ。ステージの高い―異能力を普通に備えている星系からの移民のみ「亡命者」として庇護される。  この星の住民には、元からのラウディス人、私のような帰る星を持たない「亡命者」、ディートリヒのように帰る星のある「移民」、ナディアの母のように戦争から逃れてきた「難民」がいる。 「彼女の『能力』は?」 「シリウスだからな。やはり音声。音楽を奏でる才能は高いはずだ。だからクラブの仕事に就けたんだろう。」 「教育は?」 「わからん。......が、たぶん受けてはいない」 「とりあえず面会したいわ」  私の提案に、Dr.クレインは承諾してくれた。母親に養育能力が無ければ、違法児童(イリーガル-チルドレン)は強制的に保護施設に収容される。  15才になると適切と思われる業種の仕事に雇用されるが、非正規なため、事故に合っても、解雇されても補償は無い。結果的にスラム街に棲み着き、その日暮らしで、また違法児童(イリーガル-チルドレン)を産むことになる。  難民が減らず、スラム街は拡大する一方で、治安も悪くなるばかりだ。 「面会の手続きを......」  言って、私は大きなため息をひとつ、夕暮れに捨てた。
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