ひとなつの始まり

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「あいつまた来てるのか」  そう思ったのは家を出る前に消したはずの部屋の明かりがついていたからだ。こんなところに入る物好きな空き巣なんていないだろうし、そうなれば考えられるのは一人しかいない。  アパートの適当な場所にバイクを停め、錆びて朽ち果てた階段を上がる。それにしても、いつかこの階段が崩れるんじゃないかと心配しそうになる。  階段を登りきると一直線に伸びた薄暗い廊下を進む。その先一番奥にある部屋のドアには『宮野』と書かれた表札があった。つまりはここが二〇五号室だ。  いつもなら鍵を開けてから入るのだけど、今日はそのまま入る。ただいまの言葉はナシだ。代わりに、 「真衣奈、お前また来てたのか?」  そう言うと真衣奈は、 「あ、おかえり先輩。ていうか、帰ってきたらただいまって言うのが普通じゃない?」  ごもっともな意見だと思う。  しかし、一つだけ言わせて欲しい。いくらなんでも年頃のそれも高校の制服を着た女の子が一人、こんな時間にそれも大学生の男の部屋にいるほうがおかしいのだ。けれど真衣奈にそれを言うと決まって返ってくる言葉は、 「いいじゃない。先輩だし」  この一言でいつも片付けられてしまう。言い返しても聞く耳を持たない真衣奈に、いつも俺が折れることでこの話はうやむやになってしまう。甘いのかもしれない。  彼女の名前は椎名真衣奈(しいなまいな)。真衣奈のことは小さな頃からよく知っていた。今は死んでしまった親父の親友の子供ということもあってか、小さい頃は日が暮れるまで公園で遊んでいたり、時々互いの家に遊びに行っては夜遅くまで遊んだりと、いわゆる幼馴染の関係を過ごしていた。  俺と真衣奈は年が二つ離れていて、物心つく前はお兄ちゃんと呼んで慕ってくれていた彼女も、高校に入る頃には呼び方が『先輩』に変わり、棒切れを振り回してお山の大将気取りだったおてんば娘も、今ではこちらがはっと驚くような美人へと成長していた。そのせいもあってか俺は真衣奈がここにくるのをあまりよく思っていなかった。  やましい気持ちがあるわけじゃない。年頃の女の子が大学生の部屋に入り浸っているという事実が嫌だったのだ。
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