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大樹の話を簡単に説明すると、同じゼミの仲間が企画した合コンに参加することになったらしい。だが、相手の人数に対してこっちの人数が一人足りないから人数合わせってことで連絡してきたらしい。大樹が必死に説明している間中、何回か通話ボタンを押しそうになった。
「それでどうだ? 来てくれるか?」
どうするか。
携帯に表示されていた時刻は午後五時。今日はバイトもないし、明日は大学も休みだ。
少しだけもったいつけながら「わかった」とだけ返すと、電話の向こう側からは「そこはいいとも~! だろ」という返事が返ってきたので、俺は即座に通話ボタンを押した。
駅前の周辺では、明日が休日なこともあってか、いつもなら家路に帰るはずの人間が行き交っているこの場所は普段より人が多い気がした。会社帰りのサラリーマンや学校帰りの学生の姿も見える。
「遅いな」
携帯を見ると約束された時間を少し過ぎていた。出来るだけ待たせないようにと気をつかって来たのに。ったく……これじゃあ合コンを楽しみにしてる奴みたいだ。
ガタン、ガタン、と俺がさっきまで乗っていた市内電車が通り過ぎていく。ここは全国でも珍しい市内電車が走っている町だ。いつもどこかへ出かける時はバイクを使うけど、今日に限っては市電に乗ってきた。何年ぶりかに乗った市電は記憶の中にあるそのままのもので、子供の頃は流れていく風景に目を輝かせたものだ。
Yシャツの胸ポケットからタバコを取り出す。煙を吐き出すと、タバコの香りに混じって初夏の匂いがした。
ぼんやりと街ゆく人を眺める。みんな慌ただしいように生きている。その中で俺はどこか取り残された気がしていた。
変わるもの。変わらないものの中で俺はどう変わったのだろうか。もしかしたらなにも変わってないのかもしれない。
らしくないな。つらづらと暇つぶしがてらにそんなことを考えていた。けれどそんな頭の体操にもならないことを頭の中で巡らせていると、持っていたタバコの灰がポロリと落ちた。
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