ひとなつの始まり

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 ご苦労なことで。  大樹が離れたのを見計らって空いたジョッキを片付けると、新しいジョッキに手をつけた。  しばらく一人で飲んでいると、いい加減それも飽きてきた。俺を除いた男三人はなんとか女の子を物にしようと躍起になってるが、それをどこか冷めた目で見ていた。女の子の方も気を遣ってか、俺の方に何度か話を向けてくれてきたのだが、思い浮かぶ言葉もなくて「ああ」とか「うん」とかそれっきりで、女の子の方も俺と会話をするのを諦めたのか、話しかけてくることはなかった。  恋愛に興味がないわけじゃない。ただ、なんとなく実感がないのだ。  話をしていい感じになって……それから?  それからがわからない。大樹が言うには『男というのは女の子を得るためにいかなる努力も惜しんではいけない』なんて大層なことを言っていたけど、俺にはとうてい理解出来ないものだった。  盛り上がっている場を壊すのも悪いと思って、席を離れようとすると大樹に呼び止められた。 「どこ行くんだよ」 「ちょっと飲みすぎたみたいだ。外の空気でも吸ってくる」  適当な言い訳を並べて店を出た。  外に出ると、街灯や店の明かりが賑やかしく夜の町並みを彩っていた。外を歩いている人もさっきよりはまばらになっていて、街ゆく人々はそれぞれの時間を楽しんでいるようだった。  噴水が上る近くの水辺にあるベンチに座って、ポケットに入れたタバコに火をつけた。ライトアップされた噴水がキラキラ光るたびに、側で同じように見ていたカップルが歓声をあげていた。  どこに行ってもカップルだらけだな……。  恋は石ころみたいに溢れてるなんて歌が流行っていたけど、なるほど確かに石ころみたいにごろごろしている。そのあとでダイヤモンドよりも見つからないとも歌っていたけど。  もし、あいつが転校しなかったら俺も、こんなふうにはしゃいでたのだろうかなんて時々、そんなことを思う。あいつが転校することなくずっとそばにいて、それで俺がちゃんとあいつに想いを伝えることが出来たんだったら……と。  それこそありえない話だ。俺とあいつはただの友達にしか過ぎない。たまたま、同じ時期に一緒にいただけで、接点なんて同じ部活ぐらいなものだ。それ以上でもそれ以下でもない。  なに考えてんだ俺。バカバカしい。  苛立ち紛れにタバコをもみ消し、ベンチから立ち上がろうとすると、不意に声をかけられた。 「あれ……もしかしてハカセ?」  ドクンと鼓動が高鳴る。  聞き覚えのある声。  その時の俺は一体どんな顔をしてたんだろう。少なくとも目の前に鏡がなくてよかったと思う。きっと今の俺はずいぶんと呆けた顔をしていたはずだから。 「あ、やっぱりそうだ! ハカセだよね!? うわっこんなところで会うなんてすっごい偶然!」  女性が嬉しそうに近づいてくる。すこし大人になったあいつ。俺をハカセなんて妙なあだ名で呼ぶ奴なんてこの世にたったひとりしかいない。  ……ほんと妙な偶然だよな。  嬉しさをごまかすように悪態をつく。 「久しぶりだねハカセ」  そう言ってあの時と同じように子供みたいな笑顔を向けてくる、長谷川紗季が俺の前にいた。
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