45人が本棚に入れています
本棚に追加
ひとなつの始まり
「あっついな……」
天文台から外に出ると、夜だというのに暑く感じた。館内の冷房が効きすぎていたせいかもしれない。省エネの時代だと言われている割にはずいぶんなことだ。
思えば季節もついこの間まで春だったはずなのに、気がつけば一年も半分を折り返してまだ見ぬ七月へとその歩を進めていた。
夜空もあの時見た夜空と少しだけ違っていて、見える星ぼしも冬の姿から夏のそれへと姿を変えていた。
ふと思い出すのは、あいつと一緒に星を見に行ったあの冬の日のことだった。
かじかんだ手を吐く息で温めながらスキー場の駐車場に寝そべって、夜空に浮かぶシリウスを眺めながら将来のことを話し合った。
二人で見たシリウスを今は遠くに感じる。
俺が彼女とした約束は果たされることなく、気がつけば二年が経っていた。
二人で星を見に行った翌年の夏、紗季は俺のいた街から遠く離れた街へと引っ越していったらしい。らしいというのも、人づてに聞いた話で、紗季本人に確認したわけじゃないからっていうのが理由だ。
別れの言葉も言えないまま姿を消したあいつに、俺は怒るどころか泣くことさえしなかった。ただ、何もしないまま、無意味に夏を過ごしていたことだけははっきりと覚えている。
どこかに怒りをぶつけることが出来たのかもしれない。
どこかに悲しみをぶちまけることが出来たのかもしれない。
でも、それをしなかったのは、それが俺自身の一方的な感情だからだと知っていたからだ。
はっきり言ってしまえば、俺はあいつのことが好きだったのかもしれない。その恋も実るどころか、芽すら出さないまま枯れてしまったが。
やめよう。
こんなの考えたところで頭の体操にすらならない。それに唐突に誰かを失うことなんて慣れてる。気にするだけ無駄だ。
最初のコメントを投稿しよう!