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けれど俺が高校一年生の時に親父はあっさりとこの世を去った。その日は俺がバイクの免許を取ったばかりの日だった。
『翔吾、バイクはいいぞ。風と一体化出来るからな。人間は自分の足で風になることは出来ないけど、バイクに乗ってりゃそれが叶うんだ。風になるとな、いつも見ている景色が違って見えて、どこまでも飛んでいけそうになるんだ』
親父は俺をバイクに乗せる度にことあるごとにそう話していた。だからかもしれない、俺が高校に入学すると同時にバイクに乗りたいと思ったのは。
親父にそのことを話すと「お前がバイクに乗るなんて百万光年早い!」とありがたいお言葉を頂戴した。親父、百万光年は時間じゃなくて距離だ。
けれど、ようやくの思いで免許を取って家に帰ってきた俺を迎えてくれたのは、親父の人を馬鹿にしたような言葉じゃなく、二つ並んだボロボロのヘルメットと真新しいヘルメットだった。
その時初めて知った。親父が事故に巻き込まれたことを。
──そして親父が呆気なく逝ってしまったことを。
葬儀の日には数え切れないほどの参列者がいた。みな一様に涙を堪え、親父の死を悲しんでいた。
ある人は「どうして俺より先に逝った! お前は死んでも馬鹿なんだな!」と罵り、ある人は「あなたは本当に人に迷惑ばかりかけて……死んでも馬鹿な人です!」とやっぱり罵られていた。でもそれは簡単に死んでしまった親父のことを本当に好きだからこそ言えた言葉だったんだろう。
なのに俺は泣かなかった。いや、泣けなかったんだ。それどころか怒ってさえいた。
これでやっと親父と一緒に風になれると思っていたのに。
バイクに乗って風になるのは気持ちいいぞと言っていたあんたが、本当に風になってどうするんだ! って。
葬儀が終わってから母親が言っていた。
「あの人はあなたと一緒に走るのを誰よりも楽しみにしていたのよ」
と、涙をこぼしながら。
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