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ピカピカの真新しいヘルメットは俺が免許を取ったら渡そうとしていたものらしく、それなのに思わず口を滑らせてしまうんじゃないかといつも心配していたらしい。
そして今日、届いたばかりのバイクに乗って帰ってくる途中で事故に遭った。
「俺さ、あいつと一緒に風になるのが夢だったんだ。それがようやく叶うんだ。嬉しいよな」
家を出るときに言い残した言葉が親父の最後の言葉になったという。
しかし残されたのは、真新しいヘルメットと親父との思い出がたくさん詰まった一台のバイク。一緒に走るはずだった親父の姿はもうどこにもない。
その日の夜、俺は初めて泣いた。
ボロボロになったヘルメットを抱きしめながら。泣いた。
それ以来、俺はこのバイクに乗っている。こうしていると親父と一緒に走っているような気分になるからだ。
暗い夜道を、一筋のヘッドライトが闇を切り裂いていく。天文台の立つ山道をしばらく走ると、山の麓の方にポツポツと車のライトや街の明かりが見え出した。
呉羽山だ。
呉羽山は山というほど大きくはなく、丘というには少し高い。そんな場所から見えるこの夜景が好きだった。もちろん、天文台で見る空に浮かぶ星のほうがロマンチックではあるけど、これはこれで地上に瞬く星という気がした。
そのまま山を降りて街の灯りの一部に溶け込む。初夏の香りのする風が頬を撫でた。
緩やかなワインディングロードを下ると、一軒の安アパートが見えてきた。
築数十年、木造二階建てのボロアパートの二〇五号室が俺の部屋だった。
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