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あなたと旦那様、とわたし
あなたと旦那さま、とわたし
わたしがこのお屋敷に上がった頃、あの方が旦那さまの愛人であることはすでに公然の秘密でありました。
しかし、山出しの鈍いわたしがそれに気づいたのは、ずっと後になってからのこと。偶然にも、二人の逢引を見かけてしまったからでございます。
掃除中、カーテンの内側でもぞもぞと動く二つの人影。何事かと見つめていると、ふと布がめくれて、口づけを交わす二人があらわになったのです。
そのときの驚きと言ったら。
あの方はぴんとした背筋ときりりとした眉を持ち、奥さまを心より尊敬する、そんな使用人の鏡のような方だと思っていたからです。
「いつかあの方のようになりたいわ」
と同僚に漏らしたときの、あの奇妙な表情の理由をやっと知ることができました。
しかし、わたしが驚いたのはあの方が道ならぬ恋をしていたためではありません。
あの凛とした目が、柔らかく結ばれた唇が、まっすぐと伸びた眉が、あんなにも甘く蕩けてしまうなんて! あの方はあんなにも激しい感情を内に秘めていたなんて!
だから、わたしは奥さまの指輪を盗み、そしてあの方のベッドの下へ隠したのです。
あの日、本来奥さまのお部屋の掃除はあの方の当番でしたが、かわいい妹分であるわたしに代役を頼みました。もちろん旦那さまとの逢引のために。
だから、あの方だけは泥棒の真犯人に気づいておられるのです。
今、あの方はゆっくりとわたしに詰め寄っています。目には明らかな怒りと憎悪を抱えて。
手にはまだ痛々しく包帯が巻かれています。きっと女中長から折檻を受けたのでしょう。
ついに壁際まで追いやられたわたしの顔の横に、あの方は包帯を巻いた手をドンっと強く付きました。
そして、わたしが顔を上げるとそこには、
ああ、あの目!
あの激情が紛れもなくこのわたしに向かっている!
全身が粟立つのが分かりました。
死んでもいいわ。
かのロマンス小説の主人公のように、わたしはそう思ってしまったのです。
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