凶悪、二匹

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凶悪、二匹

 今夜5匹目の獲物を捕まえたところで、バイクを路肩に止めて道端に座り込み、タバコ休憩と洒落込んだ。  煙を吐き出して、光害で星ひとつ見えない空に雲を作る。この一瞬だけ、あたしは神になる。 「今夜も冷えんねー」  この世に仕事中の一服ほど素晴らしいものはない。禁煙政策なんてクソ食らえだ。  しかし、そんな至福のひと時を邪魔するクソコール。 『こちら鸚鵡、こちら鸚鵡。鴎の座標に172秒前から変位がないようだが、相変わらずサボりか?』  頭蓋骨に埋め込まれた端末から、直接脳にガンガン響き混んでくる。  3分にも満たない休憩も許さねえのかね、あの女は。 「こちら鴎。サボりじゃなくて合理的休息中です。つーか、もうすぐ夜勤も終わりだし今夜はもういいでしょ」 『あんたみたいな脳筋タイプに休息とか必要なわけ? とっとと次の狩に出向きなさい』  クソ、クソ、クソ!  このクソ女、ぜってえ友達とかいねえだろ。  鶏ガラみたいな痩せぎすで、ポーカーフェイスを気取っていて、面白味なんぞひとつまみも無く、休日は日がな一日壁を見つめて過ごしている、そんな人間に違いない。  会ったことねえけど。  しかし、脳裏で一通り毒づいたあと、 「分かった! あんたがボスだ。で? どこに行けばいい?」  結局あたしは従ってしまうのだ。 『今いる通りを三秒ほど飛ばして街に入り、壁を二つ越えたところ。右に見える路地に犬がいる』  間髪のない応答、簡潔かつ的確な案内。朝方まであたしのフィードバックを受け続けても平気なタフさ。  腹は立つが、このクソ女は誰よりも信頼できる。  あたし自身よりも。  だから、こいつの指示には従った方がいい。  コンクリートにタバコを押しつけて、立ち上がった。  バイクにまたがり、 「あー、今夜も残業だよ」 『安心なさい。私も一緒だから』 「それ、最悪」  今夜6度目の狩が始まる。
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